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【文芸時評】

文芸この1年 佐々木敦さん×鴻巣友季子さん 対談(下)

佐々木敦さん

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 佐々木 この数年、もっと言うと東日本大震災以降、ディストピア小説が目立つようになりました。

 鴻巣 私は「素朴SF」と呼んでいます。見かけは今の日本と変わらないけれど、よく見ると違う。村田沙耶香もそうですね。小説、特に純文学が、現実に太刀打ちできなくなっているのでは。だからSF的要素を取り入れるしかない。ホームレス排除を扱った木村友祐『野良ビトたちの燃え上がる肖像』もすぐそこにある未来を描く。

 佐々木 震災以降、現実に真正面から向き合い、批判的なスタンスを取ろうとすると、結果的に言わんとするところは似てきちゃう。そこから逃れようとすると、未来かパラレルワールドに行くしかない。その中で、滅亡の危機にひんした人類を描く川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』には本当に感動しました。想像力が飛翔(ひしょう)し、すごいところまで行けている。きちんと世界観を提示できている。

 鴻巣 川上の作品には私も驚きました。もう近未来でなく、神話の世界になっている。今年の海外文学では、中国の閻連科(イエンリエンコー)『炸裂志(さくれつし)』が一押しですが、それも神話の普遍性を利用した「ミソ(神話)リアリズム」と言えます。ナイジェリア出身のアディーチェ『アメリカーナ』、オーストラリアのグレンヴィル『闇の河』など、歴史を語り直すものも多い。遠い未来を援用するか、すごく昔に返るか。その両極は日本と世界で一致しているのかも。

 南アフリカ出身のクッツェーの作品も思い浮かべます。この作家は老いへの不安や性欲との折り合いのつけ方といった問題と真っ向から向き合い、卑近なレベルで解決させる。それと比べて日本で書かれている小説は、人工授精とかクローンになって、生々しいところに分け入っていかない。違うのは蓮實重彦(はすみしげひこ)『伯爵夫人』と辻原登『籠の鸚鵡(おうむ)』くらい。『籠の鸚鵡』はすごいですよ。作品に出てくる手紙のエロチックさ、卑猥(ひわい)さ!

 佐々木 辻原は作風がどんどん変わる。自由自在にジャンルレスな小説を書いていますね。同じような意味で、奥泉光も垣根を壊している。

 鴻巣 奥泉の『ビビビ・ビ・バップ』は、アンドロイドが登場する翻訳SFのパロディーですが、中身はめちゃくちゃアナログな昭和のSFです。昭和テイストといえば、長嶋有の『三の隣は五号室』は「集合住宅文学」の最高峰だと思う。一つの部屋の歴代住人の生活を、ゴムホースや風呂場などの接点を切り口にして淡々と並べていく名人芸です。

 佐々木 すごくうまい作家ですね。あたかも計算していないように見せるのが上手。長嶋や柴崎友香、青木淳悟らは空間を描ける。

 鴻巣 実は昨年は、重要な国際コンクールが重なるピアノイヤーでした。その影響か、今年は谷川直子『世界一ありふれた答え』、平野啓一郎『マチネの終わりに』などピアノ小説、音楽小説がたくさん出た。中でも、恩田陸『蜜蜂と遠雷』はショパンコンクールの前哨戦ともいわれる浜松国際ピアノコンクールの取材に十二年費やしたと聞いて驚きました。中心人物四人の設定が巧(うま)く、群像劇として成功している。重層的なテーマとモチーフを有機的に連携させています。

鴻巣友季子さん

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◆書きまくる片岡義男

 佐々木 今年の十冊に『と、彼女は言った』を挙げましたが、七十代の片岡義男が近年書きまくっている。何が起きたんだろうと思うくらいです。文芸誌にほぼ毎月小説を書いている。

 鴻巣 片岡の小説は八〇年代にわたせせいぞうのイラストとセットになって一世を風靡(ふうび)しましたが、その後、評論『日本語の外へ』やエッセーで発言力を示していた。いわば英語育ちの文法で江戸に通じる粋の精神を描いていて、二つの文化、言語の狭間(はざま)を生きている。そんな、ある意味いびつな文章を読むと胸が詰まる。今年素晴らしかったのは『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』。八〇年代後半生まれの編集者が「新鮮だ」と感動して仕事を頼みに行くんですよ。

 佐々木 片岡は今こそ新鮮に読める小説家だと思う。どんどん書いてほしいですね。

◆政治的メッセージ

 鴻巣 ノーベル文学賞は、いつにも増して政治的な授賞でしたね。米大統領選を控えてのけん制があったのでしょう。ボブ・ディランは、公民権運動を繰り広げてきた反ナショナリズムの人ですから。米国は四方八方から、文学賞を通じて警告を突きつけられている。英ブッカー賞も今年は、初めて米国の作家ポール・ベイティがとりました。受賞作『セルアウト』は、人種隔離政策などを絡めた風刺の刃(やいば)の鋭い作品。トランプ政権になったら発禁になるんじゃないかというくらい。英米の文学界はずっとナショナリズムに抗している。

 佐々木 今回はボブ・ディランにあげるといろいろな面でいい、ということですか。そういう意味で、ノーベル文学賞は、日本における芥川賞と似ています。賞の存在が大きくなり、授賞の決定プロセスにさまざまな事情が絡んでくる。

 鴻巣 ノーベル文学賞は、米国のアングロサクソンの男性作家はヘミングウェー以来、六十二年間受賞がない。その後はすべて移民作家で、今回はディラン。米国の文学は評価しないと言っているようなもの。欧州からしたら、米国出版界の覇権が気に入らないが、米国作家にも授賞する時期が来ていた。そこで政治的メッセージを託せる受賞者を考えたのかもしれません。(文中敬称略)

 <ささき・あつし> 1964年生まれ。批評家。著書に『ニッポンの文学』『例外小説論』など。

 <こうのす・ゆきこ> 1963年生まれ。翻訳家、エッセイスト。訳書に『風と共に去りぬ』『イエスの幼子時代』など。

 

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