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【新国立競技場問題】

新国立 計画白紙 国動かした建築家の一念

2013年11月7日、新国立競技場に関する要望書を提出し、記者会見する建築家の槇文彦氏=東京・霞が関の文科省で(松崎浩一撮影)

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 巨大すぎる新国立競技場の問題は、実は二年も前から指摘されていた。建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞した、日本を代表する建築家・槇文彦氏(86)が二〇一三年八月、日本建築家協会の機関誌に寄せた論文だ。

 文中で槇氏は、五輪史上最大規模のスタジアムが周辺の歴史的景観を壊し、建設コストを肥大化させると指摘。十分な情報が開示されず「国民が計画の是非を判断する機会を与えられていない」と、巨大公共事業に警鐘を鳴らした。

 翌月二十三日、本紙朝刊のインタビューでは「千三百億円といわれているが、まともにやったらもっとかかるという声がある」「うまくいかないと、必ず税金のような形でツケが回る」と懸念を示した。

 しかし、政府側は計画面積を二割減らしただけで、巨大なアーチや開閉式屋根などの変更には踏み込まなかった。

 槇氏ら計画に異議を唱える建築家や作家の森まゆみ氏らの市民団体は、何度もシンポジウムを開催したり、申し入れ書を提出したりしたが、政府側は二〇一九年のラグビー・ワールドカップの開幕に間に合わないなどとして、計画の抜本修正を拒み続けてきた。

 昨年十月五日朝刊で、本紙は槇氏らの予測を基に「総工費さらに900億円増 実は2500億?」という記事を書いた。建設費が二千五百億円に膨れ上がって政府が批判を浴びる八カ月も前に、槇氏はそのことを予言していた。

 その指摘は、新競技場の問題を正確に読み解き、軌道修正を図るための“警告”と言っても良かった。だが、政府はまともに取り合わない。その結果、最後に行き詰まり、軌道修正を余儀なくされた。

 槇氏は一九二八年、東京生まれ。「モダニズム建築」の旗手として、東京・代官山の複合施設ヒルサイドテラスや、幕張メッセ、名古屋大豊田講堂などの設計で知られる。米中枢同時テロの跡地に高層ビルを設計するなど今も現役で活躍する建築家だ。

 「建築家ひと筋」だった槇氏が、真っ先に国家プロジェクトに異議を唱えたことに多くの建築家は驚きを隠さなかった。だが、だからこそ意気に感じ、多くの賛同者が集まった。

 槇氏は常々「建築家としての責任がある。むちゃな計画をどうしても変えたいんです」と話してきた。国立競技場近くの東京体育館を設計し、神宮外苑の百年かけた美を知るものだからこそ、見過ごすわけにはいかない−。その一念がついに国を動かした。

 計画見直しを安倍晋三首相が表明した後でコメントを求めると、こう言った。「白紙に戻すという決断は評価したい。でもどこまで踏み込んで変更するのか。その中身が問題です」 (森本智之)

 

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