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【論壇時評】

「共謀罪」法で一般市民は 散歩が「下見」 萎縮を憂う 中島岳志

 共謀罪はあまりにも問題が多いが、最大の懸念は一般市民への適用についてだろう。四月二十一日の衆院法務委員会では、盛山正仁法務副大臣が「一般の人が対象にならないということはない」と述べ、一般市民が対象になる可能性を認めている(後に修正)。とにかく警察が嫌疑をかければ、あらゆる団体やグループが「組織的犯罪集団」と見なされ、監視の対象とされてしまう。その線引きは警察の主観に依拠しており、極めて恣意的(しいてき)に行われる。

 警察は共謀計画を事前に把握しようとするため、疑いをかけた集団を日常的に監視する。当然、ほとんどの一般市民は、警察に日常生活を監視されたくない。すると、特定の政治性を持った市民運動などに参加することをためらうようになる。ここに萎縮効果が発揮され、忖度(そんたく)が蔓延(まんえん)する。見えない力が作動し、権力への馴化(じゅんか)が浸透する。

 高山佳奈子は「もし『共謀罪』が成立したら、私たちはどうなるか」(WEB・現代ビジネス http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51376)の中で、共謀罪の適用対象に限定がないことを問題点として挙げる。特定の集団を「組織的犯罪集団」と見なすための明確な基準など存在しないため、「一般の集団がある時点から組織的犯罪集団とみなされること」が十分にありうる。実質的な危険が伴っていなくても、嫌疑をかけられればあらゆる日常の行為が「共謀罪」適用の対象とされてしまうのだ。

 高山が鋭く指摘するのは、共謀罪が想定している対象がテロ集団とは考えにくいという点である。もしこの法律が本当にテロ対策だとすれば、イスラム過激派を最も警戒すべきであるが、日本の捜査機関はアラビア語やベンガル語、ウルドゥー語などを十分に運用する能力を有していない。そのような態勢を整えようともしていない。高山の言う通り、共謀罪成立の目的を、テロ対策と見なすことはできない。

 犯罪計画の「合意」は、ツイッターやフェイスブックなど会員制交流サイト(SNS)も根拠とされる。ここで危惧されるのは「黙示の共謀」という概念である。山下幸夫は「共謀罪は市民運動の取り締まり強化が目的」(「マスコミ市民」5月号)の中で、「LINEの既読スルー」を例に挙げ、危険性を警告する。LINEとは、スマートフォンなどに対応したアプリケーションで、複数人のグループでメッセージのやりとりができる。送られてきたメッセージを開くと、返信をしなくても「既読」という表示が出る。共謀罪に抵触するような内容が書かれたメッセージが届き、それを無視した場合(=既読スルー)、「見たけれど何も異論を唱えなかった」として「黙示の共謀」と見なされる可能性があるという。これは怖い。特定のターゲットを容易に陥れ、逮捕に導くことが可能となってしまう。

 伊藤博敏は「本当に怖い共謀罪!『LINEを証拠に逮捕』の冤罪(えんざい)事件が語る教訓」(WEB・現代ビジネス http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51762)で、現実に起きた事件を取り上げ、すでにLINEやメールは捜査当局に「見られ放題」になっていると指摘する。LINE株式会社は、捜査機関から利用者情報の開示請求に応じ、データを提供している。「共謀罪における事前謀議という内心を推し量る作業は、ビッグデータのなかに既に格納されている」。ネット社会に生きる私たちは、すでに捜査機関から自動的に監視された存在だと論じる。

 恐ろしい指摘は別にもある。野田佳彦内閣で法務大臣を務めた平岡秀夫は「共謀罪と何ら実態は変わらない『テロ等準備罪』」(「マスコミ市民」5月号)の中で、「何でもない普通の行為に対し、捜査当局は『準備行為だ』と言い掛かりをつけること」ができると指摘する。例えばATMでお金を引き出すと、犯行計画のための実行準備と見なされ、散歩をすると犯行の下見とみなされてしまう。この濫用(らんよう)可能性を考慮に入れると「とてつもなく危険な犯罪をつくることになる」という。

◆公明党の応答待つ

 この共謀罪に公明党は賛成し、与党の一員として法案成立に加勢している。創価学会員で安保法制にも反対した氏家法雄は「容認する公明党は本道に立ち返れ」(「週刊金曜日」3月17日号)の中で、厳しく公明党を批判する。創価学会の初代会長・牧口常三郎は、伊勢神宮の神札を祭ることを拒否し、治安維持法違反・不敬罪容疑で逮捕・投獄、そして獄死した。これが戦後の創価学会の平和主義の原点となったが、いまは自民党との「野合」「共謀」によって理念を見失っている。氏家いわく「民衆の側に立つのか、それとも国家の側に立つのか……。『眼を覚ませ』と言いたい」。

 氏家は創価大学・創価女子短期大学で非常勤講師を務めていたが、安保法制をめぐって公明党を批判し、大学から離れることとなった。今回の論考も決死の覚悟で書いたものだろう。公明党の応答を聞きたい。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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