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【経済】

フラッシュメモリー生みの親の元東芝社員 「半導体、正確に評価されなかった」

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 東芝は原発事業の失敗で陥った経営危機から脱するため、フラッシュメモリー事業を売却する。その技術を一九八〇年代に開発したのが、東北大名誉教授の舛岡富士雄さん(73)=仙台市=だ。近年はノーベル化学賞や物理学賞の候補として注目されているが、東芝を退職する前は閑職に追いやられていた。舛岡さんは「東芝がちゃんと半導体を評価していたら今の危機はなかったかもしれない」と語る。 (伊藤弘喜)

 舛岡さんはデータの書き換えができ、電源を切ってもデータを保存できる半導体メモリー「フラッシュメモリー」を二種類開発。このうち「NAND(ナンド)型」は大容量のデータを保存できるのが特徴で携帯電話や家庭用ゲーム機器などに欠かせない部品として普及している。

 東芝で研究を続けたかった舛岡さん。だが、あてがわれたのは「部下も予算も付かない閑職だった」という。東芝は当時、原発事業や、パソコンなどに使う別の半導体「DRAM」を重視していた。舛岡さんは「研究を続けるには会社を辞めるしかなかった」と振り返り、「半導体を正確に評価できる人が東芝のトップにいなかった。いや日本を見渡してもいなかった」と指摘した。

 東芝はNAND型の技術を九二年にサムスン電子に供与したが、これは未熟だった市場の拡大が目的だった。その後、サムスンは巨額投資を重ねて東芝を追い抜き、世界シェアで首位に立つ。東芝のNAND型も利益の大部分を稼ぎ出す主力事業に育ったが、九二年の判断を批判する声は今もある。

 舛岡さんが東芝を去った後、フラッシュメモリーの研究開発を担った技術者十人の半数以上も東芝を辞めた。その後、東芝はWHを買収。だがWHは今年三月末に経営破綻した。損失の穴埋めのため東芝はフラッシュメモリー事業を「東芝メモリ」として分社化、株式を売却する。

 東芝メモリの買収に名乗りを上げるのは海外企業だけで、東芝や日本政府は技術流出を警戒する。だが、舛岡さんは「半導体技術をきちんと評価してこなかったのに、いまさら技術流出を言うのは遅い」と憤る。

<ますおか・ふじお> 東北大大学院で工学博士号を取得し1971年に東芝入社。94年退社し、東北大教授に就任。97年に電子機器分野で革新的な技術を開発したとして、米電気電子学会から表彰された。2013年に文化功労者に選ばれ、ノーベル物理学賞や化学賞の候補として注目されている。

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