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【経済】

多彩な「時代の仕掛け人」 堺屋さん死去 大阪万博に手腕

2000年12月、引き継ぎをする額賀福志郎経企庁長官(左)と堺屋太一前長官=経済企画庁(現内閣府)で

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 八日死去した堺屋太一さんは、一九七〇年大阪万博など多くの博覧会のプロデュースに関わり、「団塊の世代」や「知価革命」といった流行語を次々と生み出した。時代の「仕掛け人」と称され、官民双方の立場で多彩な才能を発揮した。 

 通商産業省(現経済産業省)の官僚時代に日本初の国際博覧会として、大阪万博の開催を推進。「人類の進歩と調和」をテーマとし、高度成長期の空気を体現した未来志向の展示の数々で、半年間に六千四百万人以上を集める大成功を収めた。

 時代の流れを捉えることにたけた堺屋さんは、作家としてもその才能をいかんなく発揮した。数多くのデータに基づく社会や経済に関する大胆な予測を、近未来小説という分かりやすいスタイルで展開。ちりばめられた独創的なキーワードと相まって、その著作は発表されるたびに大きな反響を呼んできた。

 第一次ベビーブーム世代を指して命名した「団塊の世代」という言葉は単なるベストセラー小説のタイトルの域を超え、高齢化社会や世代論を語る上で欠かせない単語の一つとなった。

 「団塊の世代」は講談社の月刊誌「現代」で連載された。当時副編集長だった豊田利男さんが「未来予測で一番確かなことは何ですか」と聞き、堺屋さんが「人口予測ですよ」と回答したことが誕生のきっかけだった。豊田さんが「じゃあ僕らベビーブーム世代を題材に書いてくれませんか」と頼むと「分かった。書いてみよう」と二つ返事で話が進んだという。

 難しくなりがちなテーマを平易に伝えようとする姿勢は、民間人閣僚として就任した経済企画庁(現内閣府)長官時代にも貫かれた。一般の経済統計からは見えにくい消費現場の生の情報を吸い上げようと、タクシーの運転手やスナック経営者など幅広い人々に景気情勢を聞く「景気ウオッチャー調査」を発案した。

 二〇二五年に再び大阪・関西万博が開かれることが決まり喜んだ。関係者によると「大阪の地盤沈下を何とか食い止めたい。二五年までは生きていたい」と最近まで意気込んでいたという。その直後に体調異変で入院し、帰らぬ人となった。 (共同・平田弓月、宮毛篤史)

 

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