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【放送芸能】

在日コリアン「明日への希望」 三部作を再演 新国立劇場

 「月はどっちに出ている」(一九九三年)や「血と骨」(二〇〇四年)など、在日コリアンらを描いた映画脚本で知られる劇作家・演出家の鄭義信(チョンウィシン)(58)。東京・新国立劇場に書き下ろした戯曲の三部作「焼肉ドラゴン」「たとえば野に咲く花のように」「パーマ屋スミレ」を、同劇場が三月から連続再演する。「歴史の波に翻弄(ほんろう)された名もなき人たちの物語。ヘイトスピーチが横行する今だから、在日の歴史を知ってほしい」と語る。 (五十住和樹)

 「焼肉ドラゴン」は〇八年、同劇場とソウルの劇場「芸術の殿堂」で上演。一一年にも日韓両国で再演した。

 初演のころは韓流ブームだったが、今は嫌韓を口にする人が目立つ。ヘイトスピーチの動画にサラリーマンや女性がいるのを見て、鄭は「普通の人たちの不満のはけ口になっているのは、時代の流れが悪い」。この三部作で、在日韓国人がなぜ日本にいるのかという歴史的な認識を持ってほしいと願う。

 「焼肉ドラゴン」は大阪国際空港(伊丹空港)近くの集落が舞台。執筆のための取材で、滑走路建設作業に来た在日の人たちが九州で閉山になった炭鉱から流れてきたと知る。「歴史はこんな具合に動くのかと思った」ことが、「パーマ屋スミレ」につながった。「歴史に翻弄されていった人たちの物語を演劇として記録することで、本を読むよりもっと鮮烈なものを残せる。教科書に出てこないことを演劇として記録したい」と語る。

 〇七年に初演された「たとえば野に咲く花のように」は、朝鮮戦争があった一九五〇年代。二〇一二年初演の「パーマ屋スミレ」は一九六〇年代の炭鉱町を描いた。そして、大阪万博が開かれた高度成長期、七〇年代の「焼肉ドラゴン」。三部作は素顔の在日コリアンの歴史を舞台に刻む。

 教師を夢見て十五歳で来日したが、戦争で夢を阻まれ憲兵になった父の半生を、鄭は「焼肉ドラゴン」に出てくる焼き肉店主に映した。憲兵だったことで故郷の祖父が仲間外れにされ、帰郷を断念した父。「『在日』は差別と偏見にまみれ、日本を憎んで、韓国に恋い焦がれて。それでも(日本を)離れられん」という店の客のせりふもある。

 一方で、鄭は三部作に込めた共通の思いを「希望」だと明かす。桜が舞う中で「たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる」と明るく話す焼き肉店主。明日を信じるという鄭の強い思いがにじみ出る。

 初演のソウル公演は絶賛の拍手を浴びた。その千秋楽の舞台を見た父は、鄭に「よかったな」と声を掛けた。万雷の拍手がよかったのか、自分の人生の肯定だったのか。それから一年たたずに、父は胸の内を明かさないまま亡くなったという。

 ◇ 

 いずれも五千四百円など。三公演の通し券は一万四千五百八十円。新国立劇場ボックスオフィス=(電)03・5352・9999。

◆焼肉ドラゴン 

 1970年前後、関西の地方都市にある焼き肉店の家族や客たちの姿を通して日韓両国の現在、過去、未来を描く。

 ●3月7〜27日(14、16、22日は休演など)

◆たとえば野に咲く花のように

 朝鮮戦争のさなかの1950年代、九州の港町を舞台に、個性豊かな4人の男女の「四角関係」を軽妙に描く。

 ●4月6〜24日(11、18日は休演)

◆パーマ屋スミレ 

 1960年代半ば、九州の炭鉱町で理容所を営む三姉妹と家族。炭鉱事故の後遺症に苦しむ夫を抱え、必死に生き抜く姿を描く。

 ●5月17日〜6月5日(5月23、30日休演)

 <鄭義信> 1957年、兵庫県姫路市出身。横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)卒業。94年に「ザ・寺山」で岸田国士戯曲賞。同年、映画「月はどっちに出ている」の脚本でキネマ旬報脚本賞などを受ける。作・演出の「焼肉ドラゴン」の初演で芸術選奨文部科学大臣賞など。山田洋次が演出し、中村勘九郎らが出演した2013年の舞台「さらば八月の大地」の脚本などでも知られる。14年春、紫綬褒章を受けた。

 

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