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【放送芸能】

70歳杉田二郎 50周年の新譜 今こそ「やわらかい心」

 「戦争を知らない子供たち」や「男どうし」で知られる杉田二郎が七十歳の誕生日の二日、アルバム「やわらかい心」を発売する。来年四月に歌手生活五十年を迎える記念アルバムの位置付けだが、代表曲ではなく「今後の人生に携えていきたい歌」を集めたという。“フォーク界の兄貴”には五十周年もまだ通過点にすぎない。(鈴木学)

 「年を取って考え方が凝り固まって人の意見を聞かなくなるかもしれない」。表題曲「やわらかい心」は一九七九年にテレビドラマの主題歌としてリリースされた。今年、テレビCMで耳にした相田みつをの詩の言葉「やわらかいこころをもちましょう」に、盟友・北山修と作った曲を思い出した。七十歳の「今こそ必要なのでは」とアルバムのタイトルにした。

 アルバムには「やわらかい心」や、笑福亭鶴瓶が本名の駿河学で作詞した「走りすぎたのか遠くまで」など過去の作品から選んだ六曲と、新作五曲、作詞作曲家新井満に紹介された彼の「望春譜」の計十二曲を収録した。最後を締める「あの歌を唄えば」は自ら作詞作曲。「あの歌」とは大ヒット曲「戦争を−」のことだ。きな臭さが漂う昨今を憂い「歌で物事が解決できるわけでないが、考えるきっかけになればいい」と願いを込める。

◆フォーク界の兄貴「生きることは歌うこと」

 フォーク全盛の1967年ごろ、アマチュアバンド「ジローズ」を組み、ラジオ番組の「今月の歌」に選ばれた「あなただけに」で68年にデビューした。いったん解散した後、森下次郎と第2次「ジローズ」を結成。71年に、北山作詞、杉田作曲の「戦争を−」を世に出した。

 半世紀に及ぶ歌手生活の中で、杉田は15年ほど前に病室で歌ったことが忘れられないと明かす。

 80年代、杉田は泊まりがけでファンと音楽や食事を楽しむ「八ケ岳ガーデンパーティー」というイベントを数回催したことがあった。そこの常連だった夫婦の夫からマネジャーに久しぶりに電話があり、頼まれた。「妻が余命わずかで『二郎さんの歌が聴きたい』とうわ言を言っている。来てもらえませんか」

 「『戦争を−』と『八ヶ岳』の2曲を歌いました。話はできない状態でしたが、口元が緩んだように見えました」。当時を思い出したのか、幸せそうに息を引きとったと後に電話をもらった。自分の歌で幸せな最期を迎えられたと言ってもらえたことは、72年の本土復帰まもない沖縄で観客と「戦争を−」を大合唱したことに劣らず、心に残っているという。

 「ダメかと思うこともよくあるし自問自答の連続だけど、生きることは歌うことだと思っています」と杉田。これからも「ラブ&ピース」を胸に歌い続ける。

 ◇ 

 3日に東京・品川プリンスホテルのクラブexでバースデー公演を開く。

 

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