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【放送芸能】

支援これからも 東日本大震災6年 中村雅俊の決意

 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県女川町出身の俳優で歌手の中村雅俊(66)が、復興支援で出会った子どもたちと再会するドキュメントスペシャル「震災から6年〜風の彼方(かなた)に〜」(BS−TBS)が十一日午前十時から放送される。震災から六年、被災地で懸命に生きる子どもたちの姿に「これからも支援を続けたい」と話す。 (砂上麻子)

 中村は六年前の震災直後から、義援金の寄付や被災地でのライブなどの支援を続けてきた。番組では復興支援を通じて知り合った子どもたちに会うため、中村が三陸沿岸の被災地を訪れた様子を紹介。「建物や道路などインフラの復興は進んだが、子どもたちが一番変わったと思い、会いに行った」と明かす。

 「漁師になりたい」など、それぞれ将来への夢を語ってくれた子どもたち。「何も考えずに過ごしていた自分の子ども時代に比べれば、はるかに厳しい環境の中、将来についてしっかり考えていた」と語る。

 壊滅的な被害を受けた東松島市の浜市小学校と小野小学校を統合した鳴瀬桜華(なるせおうか)小学校の校歌は、中村が作曲した。「いつ訪ねても熱烈に歓迎してくれる。デビューして四十数年間で、良かったと思える仕事の一つ」と目を細める。

 番組で子どもたちと再会し「笑顔が増えている」と感じる一方、「『子どもは笑顔でいなければいけない』という大人の静かな要求に合わせて振る舞っているような気もする。自分だけが生き残ったことに後ろめたさを感じている子どももいる」と推し量る。

 高校卒業まで十八年間を過ごした女川町は、津波で九百人を超える死者・行方不明者を出した。震災一カ月後に訪ねた故郷は変わり果てていた。「戦争を体験していないが、まるで空襲直後のようだった。どこに行ってもがれきばかり。自分の生まれた家も分からなかった」と振り返る。

 被災地では建物や道路の復旧が進み、見た目には復興が進んでいるように思えるが、中村は「震災から丸六年たって問題はまだたくさんある」と感じている。「『復興した』と言えるのは、土地で生きている人がちゃんと普通に生活して『この町で暮らせてよかった』と実感できるようになること」と語る。「そうなるにはまだ倍の時間がかかるだろう。それまで支援は続ける」と力を込めた。

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