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【放送芸能】

戦渦の中で白球を追った 史実に基づく4兄弟のドラマ

 戦前、戦後に活躍した名古屋生まれのプロ野球選手野口二郎と兄弟の絆を描いたドラマ「1942年のプレイボール」が、十二日午後七時半からNHK総合で放送される。名古屋放送局の制作で、戦争に左右されながらも野球に情熱を燃やした兄弟の姿が描かれる。 (住彩子)

 主人公の二郎は中京商(現中京大中京高)のエースで、プロ野球で活躍した名投手。プロ通算二百三十七勝を挙げ、打者としても通算八百三十安打を記録した。全員がプロ入りした「野口四兄弟」の次兄で、兄の明は中日ドラゴンズの監督を務めた。

 ドラマは史実に基づき、二郎が大洋軍に在籍していた一九四二年、名古屋軍を相手に延長二十八回を投げ抜いた伝説の一戦に焦点を当てる。当時の試合は後楽園球場だったが、そのシーンは愛知県の半田球場で撮影された。

 ドラマの構想は二年以上前から桑野智宏ディレクターが温めてきた。野球殿堂博物館に通い、遺族から話を聞くなど取材を重ねて、作り上げた物語はほぼ実際に起きた出来事で構成されている。「厳しい時代に兄弟、家族を思い、野球を続けた人がいたことを知ってほしい」と語る。

 二郎を演じた太賀(たいが)は「主役として、一つの作品にのめり込めることは幸せ」と喜ぶ。野球未経験だったため、特訓を受けて周囲が驚くほど上達した。撮影前には兄弟役四人で野球合宿に行き、寝食を共にして本物の兄弟のような雰囲気をつくり上げた。

 明が兵役中に手りゅう弾を投げすぎて肩を壊してしまうなど、兄弟たちを戦争の影が覆う。太賀は「何が彼にそこまで投げさせていたのか。一球一球思いを込め、何かを背負ったたたずまいを表現したかった」と思いを巡らせる。

 戦時中の話だが、あくまで家族の絆が主軸だ。戦争のシーンはほとんどないが、ひた向きに野球に打ち込む兄弟の背中が多くを語る。桑野ディレクターは「好きなことをとことんできる幸せや残された者の悲しみを大切にして描いた」と話す。終戦記念日を前に、忘れてはならない思いがにじむ。

<野口4兄弟> 長男明、次男二郎、三男昇、四男渉の4人。4人とも戦前から職業野球選手(プロ)として活躍した。三男の昇は1943年に従軍し、フィリピンで戦死。残る3人は戦後も野球を続けた。二郎は引退後、阪急や近鉄のコーチを務め、2007年に87歳で亡くなった。

<プロ野球最長イニング試合> 1942年5月24日、後楽園球場での大洋軍対名古屋軍戦で国内最長の延長28回を記録。二郎は344球を投げ「鉄腕」の異名を取った。試合は4−4で、日没引き分けとなった。

 

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