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【放送芸能】

週刊少年ジャンプ 来年50周年 弾む才能探して

 漫画雑誌のトップを走ってきた「週刊少年ジャンプ」(集英社)が来年、創刊五十周年を迎える。ヒーローものからちょっとエッチな学園ものまで幅広いジャンルをそろえ「キャプテン翼」や「ONE(ワン) PIECE(ピース)」といった作品は海外にもファンは多い。世界に誇る日本の漫画文化を引っ張ってきたジャンプ。その半世紀を振り返る。 (森本智之)

 船出は厳しかった。六八年七月の創刊号は読み切りばかりで、雑誌の核となる連載は中堅作家の二本だけ。週刊漫画誌の草分けとなった「少年マガジン」「少年サンデー」に遅れること九年。有力作家は既に両誌に押さえられており、必死に執筆を依頼したが、手も足も出なかった。

 このため新雑誌の命運は新人に委ねざるを得なくなる。「無謀もいいところ」。編集部内でさえ言われた苦肉の策だったが、「新人の発掘」という大方針はジャンプのその後を決めた。

 創刊号には早速、新人漫画賞の告知が躍る。今では当たり前の漫画家の登竜門だが、少年誌ではジャンプが初めてだったと漫画評論家の斎藤宣彦さんは指摘する。斎藤さんはその起用法について「粗削りでもどんどんチャレンジさせた」と驚きを隠さない。

 例えば、二人組の「ゆでたまご」は高校生だった。新人賞に準入選すると、編集部は卒業を待って上京させ、すぐに「キン肉マン」の連載を始めた。粗い絵だったが、描き続けるうちに洗練された。

 どんな作品も連載の目標は十回。読者アンケートで人気を測り、ダメとみるやそこで打ち切る。新しい作家をどんどん投入し徹底的に血を入れ替えた。「キャプテン翼」の高橋陽一さん(57)は連載開始時に二十歳、「キャッツ・アイ」「シティーハンター」の北条司さん(58)は大学を卒業したばかり…。後の大ヒット作を手掛けたのは、紛れもなく無名の若者だった。

 マガジンの八分の一、わずか十万部でスタートしたジャンプは六年で少年誌の部数日本一を達成。九四年には前人未到の六百五十三万部を達成した。

 しかし、鳥山明さん(62)の「DRAGON(ドラゴン) BALL(ボール)」や井上雄彦(たけひこ)さん(50)の「SLAM(スラム) DUNK(ダンク)」など人気作が完結すると、部数は一気に低迷。「ワンピース」などが人気となり、二〇〇二年に部数トップの座を奪還するまでマガジンの後塵(こうじん)を拝する。

 日本雑誌協会によると、出版市場全体が縮小する中、今年一〜三月のジャンプの平均発行部数は二百万部の大台を割り込む。中野博之編集長(40)は「常に新しい作品を模索するのがジャンプ」と変わらぬ方針を掲げる。一四年に立ち上げた電子版「少年ジャンプ+(プラス)」に新人賞を設け、デジタル世代の才能発掘を目指したり、コミックマーケットでスカウトしたりするなど新たな試みも進める。

 「例えば連載会議でも全員が面白いという作品なんかないんです。でも、誰かが推せば始めてみる、ちょっとでも可能性があれば読者にぶつけてみるのがジャンプ。V字回復できると信じています」と話す。

◆無名新人育てた「伝説の編集長」 鳥嶋和彦さん

 名作誕生の陰には新人を発掘し育てた編集者の存在がある。中でも「伝説の編集者」として知られるのが鳥嶋和彦さん(64)=現白泉社社長=だ。

  入社間もない二十代半ばのころ、四百を超える月例新人賞の応募作から、後に六百五十三万部達成の原動力となる鳥山明さんを見いだした。賞にかすりもしなかった作品にセンスを感じ取った鳥嶋さんは一から指導。八〇年「Dr.スランプ」で連載デビューを果たしたとき、ボツ原稿は直前の一年間だけで五百枚に及んだ。

 「僕も新人、彼も新人。二人が納得するまで五百枚かかったということです。作家は描きたいものを描きたいと言います。でも、編集者は作家の良さを引っ張り出してあげないと。僕らは作家の人生も背負ってるわけですから」

  鳥嶋さんは「ボツ」が口癖の鬼編集者として鳥山さんの作品にも登場。Dr.スランプでは悪の科学者マシリトのモデルとして描かれた。九六年、低迷打破の切り札として、鳥嶋さんは編集長に就任する。

 「打開策は新人の新連載しかないんです。それがジャンプだから。だけどプレッシャーがかかるとなかなか打てない。どうしても名前のある作家に頼みたくなる。でもそれじゃあパチンコ店の新装開店です。読者にしたら代わり映えしないんです」

  前任者が残していった十件弱の企画を全てボツに。中には作家宮部みゆきさんの原作漫画案もあったが、編集部員にハッパを掛けるためだった。この間、一週間に五十万部減ったこともあったという。そして一年後に「ワンピース」が登場する。後にコミックの累計発行部数が三億部を超え、ギネス認定される作品だ。実は連載開始を決める編集会議はもめにもめた。

 「他の連載はあっさり決まったのにワンピースをどうするかで二時間はもめました。可能性はある、でも未完成だと。僕も反対した。でも若い担当編集者がうざいくらい熱心で、彼のデスク(上司)が『ここで見送ったら作家も編集もつぶれる』と。そこまで言うならやろうと決めました」

  最終的には編集者の熱意に懸けた。ふたを開けてみると、初回がいきなり読者アンケートで一位を獲得。看板作品になった。

 「失敗を覚悟で新人を打席に立たせ続ける覚悟が監督にあるのか。ワンピースはもう二十年もトップ。たたき落とす漫画を発掘してほしい。その才能は新人の中にいる。だから編集者は面白いんですよ」

◆ジャンプ展 六本木で開催中

 五十年の歴史を三回に分けて振り返る「週刊少年ジャンプ展」の第一弾が、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開かれている(十五日まで)。創刊から一九八〇年代までがテーマ。六十以上の作品の原画のほか、等身大フィギュアや特別映像で雑誌が急成長した過程を紹介する。来春以降、九〇年代が対象の第二弾、二〇〇〇年代以降の第三弾を開く。

 

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