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【放送芸能】

映画になったパン屋さん 「74歳のペリカンはパンを売る。」7日公開

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 食パンとロールパンしかないのに、毎朝開店前から行列ができるパン屋が東京・浅草にある。一九四二年創業の老舗「パンのペリカン」。下町の客に愛され、これまでテレビや新聞に取り上げられたことはあったが、ついにはドキュメンタリー映画になり、カメラはそのパン作りへのこだわりに迫る。映画「74歳のペリカンはパンを売る。」がスクリーンに映す小さなパン屋の魅力とは? (猪飼なつみ)

 午前八時にシャッターが開くと、並んでいた客が次々と店に入っていく。店内には焼きたての食パンの香ばしいにおいが漂い、棚に並んだ食パンを買っていく。

 奥の厨房(ちゅうぼう)では十人ほどの職人が生地を型に入れ、焼き上がったパンを窯から取り出す。一日に作るのは食パン四百本、ロールパンは昼前に焼き上がり四千個ほどが売れる。午後五時の閉店前に完売することもあるという。

 創業は一九四二年。当初はジャムパンやクリームパンも作っていたが、五七年に二代目の故渡辺多夫(かずお)さん=享年(73)=が店を継ぐと食パンとロールパンの二種類だけに絞った。街にパン屋が増え、他店と客を奪い合うことを嫌った多夫さんは、喫茶店やホテルに卸す形に変えた。その後、小売りも再開するが、作るのは二種類のままにした。

 現在、店主を務めるのは多夫さんの孫で四代目の陸さん(30)。かたくなに自分のスタイルを守る祖父にあこがれ、大学を卒業した二〇〇九年に入社、一四年に三代目の伯父から店を継いだ。〇八年に亡くなった祖父とはあまり仕事の話をしなかったが、雑誌などで祖父の言葉を知った。「もし自分に十の力があるのなら、それで百のものを作るよりも一つのものを作る」

 陸さんは「祖父はこれだけは負けないようにしたんだと思う」と、こだわりの製法を引き継ぐ。

 業界紙「パンニュース」の矢口和雄社長(71)は「パンブームと言われても、実際は後継者不足の店が多い。その中でペリカンは考え方も引き継いでいるところがすごい」と称賛する。その上で「百種類以上の商品を並べるのが当たり前なのに、昔から二種類だけ作るペリカンは、お客さんに『それだけ自信があるのなら』と思わせ、信頼につながっている」と分析する。

 映画は創業七十四年の昨年、撮影された。内田俊太郎監督(31)は、プロデューサーの石原弘之さん(29)から映画化を持ち掛けられる一年ほど前に、ペリカンのロールパンを食べていた。「素朴で懐かしいような味を、ずっと覚えていたんですよね」と振り返る。

 「映画にしてペリカンに関わる人の思いや、その人たちの雰囲気まで伝え、一つの文化として残したかった」と内田さん。陸さんは「四十年以上勤めている職人や機械を直す人、一つのことを続けてきた人たちの格好良さを感じてほしい」という思いがあった。

 製法は企業秘密で、映画でも触れられていない。それでも撮影が進むにつれ、内田さんは陸さんと同じ気持ちになったという。「多夫さんが残した言葉や職人のひた向きさに、自分自身を照らし合わせることが多かった。職人たちの考えを人生の参考にしてもらえれば」とPRする。

 今年八月、ペリカンは新たな挑戦を始めた。自慢の食パンのさまざまな食べ方を堪能できる「ペリカンカフェ」を近くにオープン。陸さんは「おいしい食べ方を提案したい」と話した。

 映画は東京・渋谷のユーロスペースで公開中。

<パンのペリカン> 東京都台東区寿4の7の4。休業日は日曜と祝日、ほかに年末年始と夏季の特別休業日がある。電話03(3841)4686。

◆ペリカンの大ファン ジローラモさん語る

 料理やイタリアのライフスタイルについての著書があるパンツェッタ・ジローラモさん(55)はペリカンの食パンをこよなく愛してきた。妻で料理研究家の貴久子さん(57)の料理教室に陸さんの母親が通っていた縁で、貴久子さんは「ペリカンカフェ」のメニュー作りにも携わった。食通のジローラモさんがペリカンの食パンのおいしさを語る。

−ペリカンとの出会いは?

 2006年に日本の食材を取材する中で知りました。それ以来、ときどき買いに行ったり、注文したりしています。今朝も食べましたよ。焼いてジャムを付けて。

−そのおいしさとは?

 もっちりして小麦粉の味がちゃんと出ているんですよね。焼くと、ほかの食パンと味が全然違います。うちはオーブンで焼いた後、網焼きで焦げ目をつけたりしています。イタリアは地方によって全くパンが違うので比較できないのですが、日本ならではのパンだと思います。

−ペリカンカフェにはどう関わった?

 家内が依頼を受け、うちで1年くらいメニューを研究していたから私も食べていました。家内はかねて炭焼きにしたいと考えていて、それをメインに提案したそうです。食パンの味を生かして、下町のイメージを壊さないメニューを考えていました。私もカフェに行きました。

−長年、2種類のパンだけを売るペリカンをどう思いますか。

 日本人は新しいものが好きだけど、ペリカンはずっと変わらない。きっと大変だった時期もあっただろうけれど、職人が諦めずに、ずっと続けてきたことが素晴らしい。一つの歴史に残るものだと思う。

 

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