東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 放送芸能 > 紙面から一覧 > 記事

ここから本文

【放送芸能】

「第三舞台」「新感線」…ヒット仕掛け人 細川展裕さん、軌跡つづる本

写真

 1980年代以降、小劇場演劇の成功をリードした細川展裕(のぶひろ)さん(60)=写真=が著書「演劇プロデューサーという仕事」(小学館、1512円)を出版した。鴻上尚史が率いた「第三舞台」の芝居を大ヒットさせ、現在は古田新太らが所属する「劇団☆新感線」の制作者として新たな試みを仕掛けてきた。本には、話題性ある興行を繰り出し、驚異的な観客動員を続々と記録した“レジェンド”の軌跡がつづられている。 (竹島勇)

 「大手の興行会社や劇場に属していない私のような独立系の制作者は、数十億円規模の公演もしていますが、失敗すればすべてを失う。そんな仕事を続けてきた過程を知ってほしいと思った」と細川さんは執筆の動機を説明する。

 細川さんが演劇プロデューサーとして目指してきたのは「演劇で雇用を生み出すこと」。才能を見込んだ作家のもとで舞台を経営面で支え、外部からスターが出演する土壌を築いた。

 愛媛県出身。大学卒業後、大阪でレコード会社の営業をしていたが、幼なじみで第三舞台を主宰した劇作家で演出家の鴻上にスカウトされ、八五年に制作として加わった。演劇に関心はなかったが、早稲田大の演劇サークル出身の鴻上について「才能があるとは感じた」と振り返る。

 当時、一興行で五千人ほどだった第三舞台の動員数を翌年二万人に増やした。鴻上作品は自分探しなど若者が共感するテーマを掲げ、笑いのある脚本と展開の速い演出が特徴だった。細川さんは客席数の多い劇場へ進出する方針を決め、九四年の「スナフキンの手紙」は一作で四万人を集めた。

 本には、評判の劇団の舞台を見ては関係者の飲み会に押しかけるなど、営業マンのような努力も書かれている。そうした成果が実り、劇団の運営会社を設立して“学生劇団”から脱皮。本に掲載した対談に「第三舞台をビジネスとして見てくれるのはおまえ(細川)しかいなかったんだ」との鴻上の述懐がある。

 九九年からは、いのうえひでのりが主宰し、古田ら個性的な役者ぞろいの「新感線」の制作に携わるようになり、現在はプロデュースする制作会社の会長を務める。ロックや活劇、笑いもふんだんな新感線の舞台に、当時の演劇界では異例だった外部のスターを迎える興行形態を打ち出した。小栗旬、生田斗真、天海祐希ら常連スターも多い。

 細川さんはこの三十数年の歳月を「八〇年代は売れている人はテレビに出ても、舞台には出なかった。『演劇イコール売れてない俳優』と世間は見た。それが九〇年代以降、こんな大物がと思う人が舞台に出てくれるようになった」と変化を示す。「演劇青年ではなかった私が誘われるままに興行の仕事に就き、今ではこの仕事以外思いつかない。芝居好きでなかったのがビジネスのためには良かったのかな」と笑った。

 細川裕展さんの著書「演劇プロデューサーという仕事」

写真

◆鴻上と古田をゲストに刊行記念のトークショー

 細川さんは11月、東京・紀伊国屋サザンシアターで刊行記念のトークショーを開き、鴻上と古田というゆかりの2人をゲストに招いた。細川さんが仕掛けた興行で劇場の収容人数が話題になり、古田が「(客席数は)700〜800まででないと、面白い顔してもお客さんに伝わらない」とぼやくと、細川さんは「経営を考えると1500から1600人はほしいんだよ」と切り返す。すかさず鴻上が「(細川さんは)制作だから〜」と突っ込み、会場の笑いを誘っていた。

 そんな細川さんは今年、新感線で相次いで成功を収めた。昨年3月から今年5月まで、客席が舞台周りを360度回転する東京・豊洲の劇場「IHIステージアラウンド東京」(1300席)のこけら落とし公演として「髑髏(どくろ)城の七人」をロングラン公演。小栗旬らの客演を迎え、計55万人もの観客動員を記録した。引き続き同劇場では7月から大みそかまで、ロックバンドが生演奏して話題のミュージカル「メタルマクベス」を上演中だ。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報