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【放送芸能】

エアトレイン快走中 モーター音から車掌、駅アナまで

 撮影命の「撮り鉄」、列車旅に燃える「乗り鉄」…鉄道マニアもいろいろあれど、今熱いのが「まね鉄」、人呼んで「エアトレイン」。走行中のモーターや車両の音、車内や駅のアナウンスなどを口だけで表現する実況技だ。鉄道ネタはこれまではオタク限定の感があったが、近年は老若男女が気軽に楽しむ時代に様変わり。多才な達人たちが繰り出すエアトレイン技は、その入り口になっている。 (藤浪繁雄)

こちらは“本家”野月貴弘

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 「ご乗車ぁあ〜りがとうございますっ」。昨年暮れ、岐阜県大垣市で開かれたイベントに車掌姿の男が現れた。鼻に抜けるような車内アナウンス調の声で切り出すと、名古屋鉄道や地元の養老鉄道、樽見鉄道の走行音などを立て続けに再現。高い完成度で観客を驚かせる一方、少しデフォルメも施し、爆笑も誘った。

 “車掌”は野月貴弘(46)。エアトレイン界の“本家”と呼ばれる。二十年前、「スーパーベルズ」というユニットを率い、JR山手線内の車掌アナウンスをラップ調に仕立てた楽曲をヒットさせ、新ジャンルを切り開いた。「愛好者たちは個人で静かに楽しんでいたが、人前で披露する時代になった」と野月。近年「鉄子」「ママ鉄」といった女性の鉄道好きが増え、鉄道ものまねも市民権を得て裾野が拡大。二〇〇六年にネットラジオで出た言葉から「エアトレイン」という名称が定着した。

 新幹線や通勤電車、気動車、SL、ローカル線…何でも再現するので、各地から引っ張りだこだ。「あまり知られていないローカル線も、ファンは妄想を膨らませて楽しんでくれる」と実感する。養老鉄道の小林峰夫チーフ営業マネジャーは「エアトレインのイベントは沿線外の人も多数集う。養老鉄道を知ってもらう好機」と期待する。

 イベント後、野月は録音機を手にローカル線に乗り、貴重な音を採取。地道な積み重ねは、昨秋出したアルバム「エアトレイン NEXT」のように凝りに凝った作品に生かされる。野月は「鉄道を知らない人はいない。エアトレインはさらに地域おこしの呼び水になると思う」と予測する。

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注目の新鋭、佐藤チャンピオン

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 エアトレイン界は、スゴ技の新鋭が続々登場している。その一人が、会社員の傍ら活動する佐藤チャンピオンこと佐藤卓夫(31)。野月らが提唱して始まったエアトレイン“世界大会”の優勝者だ。佐藤の技は本物の列車と区別できないほど精巧で、国内外の人をうならせる。

 東急東横線の沿線に暮らし、通学や通勤で「乗っているうちに勝手に音を覚えてしまう」と話す。日ごろは仕事の後にカラオケボックスで練習。楽器の調律で使う音叉(おんさ)のような笛を使い、一音をチェックして取り掛かる。「音の上がり下がりは、棒グラフをイメージする感じでつかむ」

 支持されるネタは多数あるが、中でもトンネル内の風圧を受けながら走行する地下鉄の音、これに車掌や駅員のアナウンス、女性の甲高い自動音声を組み合わせた実況はまね鉄とは思えない、まさに王者のテクニック。評判が伝わり、未知の土地のイベントに呼ばれる機会も増え「世の中に広く親しまれている」と実感する。その際は動画投稿サイトなどで、その土地の鉄道事情を確認して新ネタを仕込んで出向く。

 なぜエアトレインが支持されるのか。イベントを仕掛けてきた中京テレビの稲見真一さんは「ハードルが低く、子どもから年配者まで誰でもできる。誰もが鉄道経験があり、音のイメージを膨らませられるから」と分析する。同局が企画するイベントも観客を募るとすぐ定員になるといい「この一、二年で認知度が上がってきた。野月さんらのエアトレインは家族で楽しめ、誰も傷つけない。ローカル線や沿線のマニアックな音も想像して楽しんでいる」と話す。元手もかからない領域にさらなる成長を見込んでいる。

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元祖エアトレインの立川真司

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 「芸歴三十六年、元祖エアトレイン」を名乗る立川(たちかわ)真司(59)は黄色い車掌風のいでたちがトレードマーク。鉄道ものまねとトークで圧倒し、「電車に乗ったら黄色いヤツを思い出す」と観客を抱腹絶倒させる。一月上旬、東京・新宿のショーレストラン「そっくり館(やかた)キサラ」。並み居る歌手のそっくりさんたちを横目にトリを飾る。自動放送、走行音、ドア開閉音などアクションを交えて披露し、引き込んでいく。

 芸のルーツは九州の中学時代。ブルートレインを見るために集まった人たちの後方で列車の警笛をホイッスルでまねしたところ、仲間が「おかしかね。列車はまだ来ていないのに」と引っ掛かった。手応えをつかみ、カセットレコーダーで鉄道音を録音しまくり、レパートリーを広げた。就職した会社の宴会ではいつもスター。しかし、三十歳の時「人生のダイヤ改正」を決意。退職し、この道一本で勝負する道を選んだ。

 鉄道芸が一般受けしない時代も徹底的に研究を重ねた。「自己満足はダメ」と妥協は許さず、誰もが楽しめる芸を志した。いつしか客層が、家族連れやカップルへと広がっていった。「新幹線はみんなドクターイエローに見えてくる。山手線も黄色に見える」。一度見たら忘れない。そんな路線を突っ走る。

 近年は、コミュニケーション力が評価され、カルチャーセンターの講師も務めるなど仕事の幅も広がった。夢は「海外でも披露したい」。元祖が走る「エアトレイン線」はまだまだ延伸しそうだ。

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