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【伝統芸能】

<歌舞伎>音羽屋3代支え半世紀 歌舞伎床山の三浦菊雄さん

2010年1月30日

 舞台芸術の裏方さんを顕彰する昨年の第十五回「ニッセイ・バックステージ賞」(ニッセイ文化振興財団主催)が歌舞伎床山の三浦菊雄さん(75)に贈られた。中学時代から父親を手伝ってこの道一筋。七世尾上梅幸から現在の菊五郎・菊之助と音羽屋三代の鬘(かつら)を半世紀余にわたって手がけた女形床山の第一人者だ。一九九五(平成七)年に創設され、裏方が主役になる同賞で、床山の受賞は第一回の那須武雄さん(立役)以来十四年ぶり。 (富沢慶秀)

 今月は菊五郎劇団が中心の国立劇場初春歌舞伎公演の通し狂言「旭輝黄金鯱(あさひにかがやくきんのしゃちほこ)」で毎日、舞台脇の床山の楽屋に詰めた。菊五郎は主役の大盗賊柿木金助、菊之助は本水で金鯱と戦った鳴海春吉と、音羽屋親子は今回ともに立役。代わりに三浦さんは小田家後室操の前の沢村田之助らを手掛けている。

 長老格の床山。年季がものをいう世界で、いまも現役だが、最近は若手を指導する役割が多い。

 「中学二年の夏休み、父親(女形床山の故三浦博雄氏)の手伝いで、十六世市村羽左衛門さんが主役の『八重垣姫』を演じた『本朝廿四孝』などの地方巡業で浜松から東海道のあちこちを回った」

 トラックの荷台で移動するなど、過酷な労働条件だったが、逆にそれも楽しかった。当時の学校の通信簿に「勉強はできるのに芝居が好きすぎて…」とあったのを覚えている。中学卒業と同時に、父親の後を継いで、この道六十年余の二代目床山。

 テレビなどでは「づら」、歌舞伎では「あたま」といわれる鬘。鬘そのものを作る鬘屋、その髪を結うのが床山。「あたま」を扱う同じような仕事に見えるが、両者は明確に区分される。また同じ床山でも女形の床山は、立役の髪には絶対に手を出さない。

 男装の女性が山車の先駆で舞う手古舞(てこまい)。右肩ぬぎの派手な襦袢(じゅばん)姿ながら男髷(まげ)。「立役の床山さんのところに持って行ってお願いする。勢いが違う。私たちが結うと、どうしても優しい髷になっちゃう」

 三浦さんが手掛けた代表的な舞台として、梅幸、菊五郎、菊之助の音羽屋三代がそろい踏みの「京鹿子娘三人道成寺」が知られている。“血”は同じでも、顔つきは三人三様で結い方も全部違う。

 「六代目(菊五郎)の薫陶を受けた梅幸さんは鬘、衣装など全般にわたって精通していて厳しい芸風だった」

 床山としてもみっちり仕込まれた亡き名優への思いは格別。

 「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」の玉手御前が抜群だったという。義理の子俊徳丸に不倫の恋を仕掛け、最後は死を選んで俊徳丸を救う。腰元から高安左衛門の後妻となった玉手が、きれいな丸髷から次第に髪を振り乱し、最後はバラバラの髪で死んでいく。鬘を知り尽くした梅幸でなければ、自然にできない芸という。

 「おやじを追い越せない」と息子さんは別の道をえらんだ。床山・三浦は二代で終わりそう。

 

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