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【伝統芸能】

<歌舞伎>「悪党だが品が大事」 仁左衛門が「河内山」 新橋演舞場「二月大歌舞伎」

 片岡仁左衛門が来月2日から、東京・新橋演舞場の「二月大歌舞伎」昼の部「河内山」で河内山宗俊を勤める。同公演で襲名する六代目中村勘九郎が初役の大名・松江出雲守で共演する。仁左衛門は勘九郎の幼少時から一緒に遊んでやり“ウルトラマンのおじちゃん”と呼ばれた。襲名を「うれしいですね。お祝いに花を添えたい」と喜ぶ。河内山は「悪党だが、幕府直参としての品が大事です。松江侯との対決の台詞(せりふ)は、心地よく」と語る。 (藤英樹)

 仁左衛門にとって息子の孝太郎より一回り以上若い勘九郎は、孫のようなもの。「彼が三歳か四歳のころ、よく一緒にウルトラマンごっこをして遊びました。だから彼から“ウルトラマンのおじちゃん”と呼ばれていた」と目を細める。

 役者としての勘九郎については「おとっつぁん(勘三郎)と違って、彼はまじめすぎるほどまじめ。『沼津』の(呉服屋)十兵衛や『御浜御殿綱豊卿』の(富森)助右衛門などを教えましたが、役の匂いや急所をつかむアンテナ(感性)がすごくいい」と褒める。

 自身も十四年前、本名の孝夫から大名跡の仁左衛門を襲名した。「名前がなんだろうと芸を磨くということには変わりありません。ただ大きな名前を継ぐことは、傷つけてはいけないという覚悟や責任の重さが違ってきます。彼もプレッシャーを感じていると思いますが、芸は結局、自分で作り上げていくしかない。私自身もそうでした」と仁左衛門。

 「先輩たちが伝えてきた芸を変えるのは非常に難しいし、慎重にしないといけません。ただ、先輩のやり方をなぞっているだけではどうしても芸に力がなくなる。崩してはいけないが、変えるのはいいと思う」

 「河内山」も、仁左衛門が工夫を重ねてきた役の一つ。河竹黙阿弥が講談を下敷きに書いた世話狂言の人気演目。江戸城で大名の世話をするお数寄屋坊主の河内山が、松江侯が愛人にしようと屋敷に幽閉した腰元の娘を救い出すため、上野寛永寺の使い僧に化けて乗り込み一芝居打つ。金目当ての悪党だが、憎めない人物だ。

 四年ぶり四度目となる河内山について「いろんなやり方がありますが、私はやくざの大親分みたいな肚(はら)で、品を失わないように演じます。悪党ですが、幕府の直参だから大名屋敷に乗り込んでもおじけない」と仁左衛門。

 「松江侯との対決は芝居の中で少したるむところ。そこをどうドラマとしてお客さまを引きつけて運ぶかが肝心です。使い僧の品を保ちながら、ずぶとく、ちくりちくりと松江侯を攻める。台詞の序破急を考えて、お客さまが心地よくなるようにします。ただしあまりに旋律がきれいだと中身が伝わらないので、そのバランスが難しい」

 一番の見せ場は玄関先で正体がばれて、啖呵(たんか)を切る件(くだり)。「ここはだれがやってもそこそこできます。だから余計に注意しないといけません。『静かにしろい!』という台詞を強く言うか、抑えるか。大悪党は逆に、見るからに悪人には見えないもの。私自身、過去三度演じる中で、自然と変わってきましたね」

 仁左衛門はほかに、勘九郎の襲名披露狂言の第一弾となる昼の部「土蜘」にも出演する。土蜘の精の勘九郎が登場する前の間狂言(あいきょうげん)で、吉右衛門、勘三郎と大立者三人で滑稽な番卒を演じる。

 ほかの演目は昼の部「鳴神(なるかみ)」、夜の部「鈴ケ森」「春興鏡獅子」「ぢいさんばあさん」と、途中に襲名披露口上。二十六日まで。(電)0570・000・489。

 

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