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【伝統芸能】

<豊竹咲寿太夫のぶんらくスケッチ>「菅原伝授手習鑑」 濃密な「親子の別れ」

「菅原伝授手習鑑」を彩る登場人物。(左から反時計回りに)菅原道真、梅王丸、桜丸、松王丸

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 文楽界期待の若手太夫(語りを担当)、豊竹咲寿太夫(とよたけさきじゅだゆう)さん(27)が玄人はだしの自筆イラストとエッセーで文楽の魅力を伝えます。 (随時掲載)

 皆さんはこれまでに一体どのような「別れ」の時間を過ごしてこられたでしょう。それぞれが互いに過ごしてきた人生の時間、人の数だけのさまざまな「別れ」があります。

 松王丸(まつおうまる)は菅原道真(菅丞相(かんしょうじょう))の恩に報いるべく、わが子の首を差し出しました。仮名手本忠臣蔵、義経千本桜に並ぶ文楽・歌舞伎の傑作「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」。この物語は「親子の別れ」が描かれています。

 初めまして。豊竹咲寿太夫です。

 ぼくが初めて師匠からお稽古していただいたのが菅原伝授手習鑑の寺入りの段でした。直後がヤマ場の寺子屋の段です。寺子屋の段はこの演目において最も上演されることの多い場面です。

 松王丸は三つ子の他の兄弟と違い、道真を目の敵にしている藤原時平(しへい)の家来でした。道真の若君の首を討ってくるようにと言われましたが、松王丸はわが子を身代わりに据えたのです。彼の弟の桜丸は切腹で自ら命を絶っています。どっしりとした人物ですし、このようにお腹(なか)の底に深い感情を抱え、行動理念も達観したところがありながら、師匠がよく「松王丸は若うやりや」とおっしゃっているのを耳にします。松王丸という人はまだ二十代後半なのです。ちょうど自分と同じくらいの年齢かと考えると、どれほどの熱量の感情が疼(うず)いているだろうかと鼻がつんとします。

 わが子の亡骸(なきがら)を葬送する場面では、いろはを元にした「いろは送り」という美しい詞章と節で感情を揺さぶります。

 濃密な「別れ」の波に呑(の)まれてみませんか。

◆来月、国立小劇場で

 「菅原伝授手習鑑」は五月十三〜二十九日、東京・国立小劇場の「五月文楽公演」第一部(午前十一時開演)で上演される。「茶筅酒(ちゃせんざけ)の段」「喧嘩(けんか)の段」「桜丸切腹の段」「寺入りの段」「寺子屋の段」などを上演。間に「豊竹英(はなふさ)太夫(だゆう)改め六代豊竹呂太夫(ろだゆう)襲名披露口上」を予定。ほかに「寿(ことぶき)柱(はしら)立万歳(だてまんざい)」。

 第二部(午後四時開演)は「加賀見山(かがみやま) 旧(こきょうの) 錦絵(にしきえ)」。「筑摩川の段」「又助住家(またすけすみか)の段」「廊下の段」「奥庭の段」などを上演。国立劇場チケットセンター=(電)0570・07・9900。

<あらすじ> 菅原道真(菅丞相)が左遷され、若君・菅秀才(しゅうさい)の命が藤原時平(しへい)によって狙われていた。道真の筆の奥義を継いだ武部源蔵が菅秀才をかくまっているが、源蔵が開いている寺子屋に時平の家来、松王丸と玄蕃(げんば)が菅秀才の首を取りにやってくる。源蔵は身代わりをたてるという苦渋の決断をくだす。源蔵はその日、寺入りをしたばかりの小太郎の首を討ち、松王丸に差し出す。親子の別れが描かれる。

<とよたけ・さきじゅだゆう> 1989年大阪市生まれ。2002年に豊竹咲太夫に入門。文楽協会研究生となり、同年咲寿太夫を名乗る。05年大阪・国立文楽劇場で初舞台。

 

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