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【伝統芸能】

<笛方芸談・銀河のかなたに>藤田六郎兵衛 ミスさせない後見の父

 「後見」という言葉は、能の家では物心つく前から馴染(なじ)みのある言葉である。辞書を開くと「能や歌舞伎の演者の介添え役」と記されている。

 シテ方(主役)の後見は舞台正面左奥に、主(おも)後見と副後見二〜三人が座る。主後見は師か先輩、あるいは同輩がつとめるが、副後見は若手が多い。通常は作り物(簡素な舞台装置)や小道具の出し入れ、演者の装束の乱れを直すが、主後見の重要な役目は、シテが急病などの際に、曲を中断することなくシテに代わって舞い続けることにある。

 平然と顔色一つ変えることなく曲を進行するが、突然交替するには、心構えはもちろん、相当な技量を要求される。幼い頃から、何か起きても気持ちを動かしてはいけない。平然と舞台をつとめるようにと、その心得を何回となく言い聞かされたものだ。

 囃子(はやし)方の後見は、重習(おもならい)(難易度の高い曲)の場合は師が、通常曲は弟子がつとめることが多い。師の演奏と舞台の空気を共に体験できる貴重な機会なのだ。

 弟子は、後ろから師の吹き込みや間のとらえ方、可能なら肩越しに師の指の扱いを盗み見る。ただ、見たいのはやまやまだが、笛後見の顔が客席から見えるのはご法度である。

 父は私の初舞台(五歳)以後、小学五年生になるまで後見をしてくれた。自分も舞台があるのに、私の舞台にもいつも出ていたわけである。万が一にも、間違えて相手に迷惑をかけてはいけないと思っていたのだろう。

 いつも不思議に思っていたことがある。間違えそうな直前に、いつも私だけに聞こえるように唱歌(笛の譜)を言う父の声が後ろから聞こえた。間違えてから直しては遅い。父は何か気配を察知したのだろう。

 小学四年生の芸嗣子披露の「鷺(さぎ)」のとき、観所(けんじょ)(観客席)にいた人が、子どもは無邪気に吹いているのに、後見は青くなっていたと言われたと、後年、父が嬉(うれ)しそうに話してくれたことを思い出す。私の後見を始めた五〜六歳の頃は「間違えないでくれ」と念じ続けたことだろう。

 亡くなる四カ月前、久しぶりに父の後見をした。曲は「隅田川」、シテは先代の観世銕之丞(てつのじょう)師。父の笛の音が少し弱くなったなと感じていた私の思いを吹き飛ばすような鋭い気合で、父は特別なアシライ(謡の中に吹く譜)を吹き出した。この特別なアシライを伝えたいという思いと、「お前に吹けるか?」という二つの思いを私にぶつけていると感じた瞬間、涙が込み上げてきた。その涙は、能が終わるまで止まらなかった。 (笛方藤田流十一世宗家)

 

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