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【伝統芸能】

<歌い踊る切手>能楽のまち 延岡・宮崎県(2003年) 残った「天下一」の面

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 江戸時代、まだ「猿楽」と呼ばれていた能は、儀式には欠くことができない「式楽」として武家社会の中に浸透していった。

 世阿弥によって芸術化の道を歩んだ能は、社会・経済的に安定した江戸時代、将軍・大名ら上層の武士に保護されると同時に、その教養と美意識によって磨き抜かれ、完成期を迎える。

 武家社会における能は、さまざまな祝賀の時に儀式的に催される「表能」と、私的な娯楽として催される「奥能」があった。さらには、大名たちの国元では、神社の祭礼に奉納する「神事能」の開催も重視されていた。

 頻繁に能が演じられていたため膨大な数の能面が造られた。これは、「動く美術品」と言っても良いほどだ。

 明治時代以降、財政的に逼迫(ひっぱく)した旧大名家は、美術品のオークション「売り立て」をする。その中に、絵や茶道具などと共に能面もあった。

 その多くが、欧米へ流出していった。現在、欧米の美術館を訪れると、この時に流出した能面を見ることができる。

「天下一」にちなみ、延岡では毎年、「のべおか天下一薪能」が開かれている=のべおか天下一市民交流機構提供

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 幸い流出を免れた能面もあった。その一つが、延岡藩七万石の藩主だった内藤家所蔵の能面だ。延岡では、内藤家が入封する前から「神事能」が盛んだった。

 宮崎県延岡市内にある内藤記念館には能面六十六面が収蔵されている。半数近くが名人の称号「天下一」を授けられた面打ちの作だ。県を代表して「ふるさと切手」にもなっている。

 能面は、江戸時代の武家社会と能とのつながりの強さを物語っている。 (横浜能楽堂館長・中村雅之)

 

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