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【伝統芸能】

<歌い踊る切手>熊谷次郎直實・初世中村吉右衛門(1992年) わずか二代の大名跡

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 「大名跡」と呼ばれる権威のある役者名は、長い間、何代にもわたり、少しずつ育て上げてきたのが普通だ。小屋・興行主である「座元」に由来する「中村勘三郎」などは十八代にも及ぶ。

 その中にあって「中村吉右衛門」は異色だ。テレビの「鬼平犯科帳」などでも知られる現在の「吉右衛門」は、まだ二代目。それでも歌舞伎界を代表する「大名跡」となっている。

 初代は、上方生まれの歌舞伎役者・三代目中村歌六の息子として生まれる。一八九七(明治三十)年、母方の祖父で芝居茶屋を営んでいた萬屋吉右衛門にちなみ「中村吉右衛門」を名乗って初舞台を踏み、生涯をその名で通した。

 九代目團十郎を敬愛。團十郎仕込みの近代性を身に付け、明治時代末から昭和時代にかけては、六代目尾上菊五郎と共に一時代を築き、晩年には文化勲章も受章した。

 芸の幅は広く、当たり役も多いが、中でも「一谷(いちのたに) 嫩(ふたば)軍記(ぐんき)」の「熊谷陣屋」の熊谷次郎直実が一番だろう。

「ひらかな盛衰記逆櫓」の樋口次郎兼光を演じる当代吉右衛門=2017年9月、歌舞伎座で

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 「熊谷陣屋」には「九代目團十郎型」と「四代目芝翫(しかん)型」がある。現在演じられるのはほとんど「團十郎型」。二つの型の違いがはっきり分かるのは「制札(せいさつ)の見得(みえ)」。團十郎型では制札を逆さにして持ち、芝翫型では制札を上にして持つ。

 團十郎を敬愛した吉右衛門は、もちろん「團十郎型」だった。切手の歌舞伎シリーズでも、「團十郎型」の「制札の見得」を切っている。

 二代目は、初代の一人娘の次男だから孫。養子として祖父と同居しながら、芸を受け継ぎ、「中村吉右衛門」の名跡を一段と大きくした。 (横浜能楽堂館長・中村雅之)

 

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