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【伝統芸能】

鴈治郎「お家芸意識高く」 エピソード0「増補忠臣蔵」 初の桃井若狭之助役

 東京・国立劇場の三月歌舞伎公演「増補忠臣蔵(ぞうほちゅうしんぐら)−本蔵下屋敷(ほんぞうしもやしき)−」で、四代目中村鴈治郎が初代(曽祖父)と二代目(祖父)の当たり役だった桃井若狭之助(もものいわかさのすけ)に初めて挑む。名作「仮名手本忠臣蔵」の中でもよく上演される九段目「山科閑居(やましなかんきょ)」の前日譚(ぜんじつたん)に当たり、作者不詳の作品。若狭之助と家老加古川本蔵の“主従の絆”が大きな見せ場となる。鴈治郎は「九段目への理解が深まる“エピソード0”のような興味深い作品。本蔵への思い、武士としての情をうまく出せれば」と意気込む。 (安田信博)

 明治期に人形浄瑠璃として上演されていた作品を、初代が歌舞伎に取り入れ、一八九七年に京都・南座で上演。以降、一九二七年まで計十七回の舞台で若狭之助役をつとめ、二代目も二一年から七一年まで演じた。今回の上演は、父の三代目鴈治郎(現坂田藤十郎)が九九年に大阪松竹座で初役でつとめて以来、十九年ぶりとなる。鴈治郎は「曽祖父、祖父がこれほど好んでやっていたことを今回初めて知り、家の芸に挑むという意識ががぜん高まった」と明かす。

 若狭之助は、塩冶判官(えんやはんがん)(史実では浅野内匠頭)が起こした高師直(こうのもろのう)(同・吉良上野介)への刃傷事件に絡み、本蔵が取った一連の行動で、世間から“へつらい武士”の汚名を着せられる。自ら本蔵を成敗すると決意するが、本蔵の覚悟と忠義を見抜いて虚無僧(こむそう)姿への変装を勧め、高師直邸の絵図面を渡し、大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)(同・大石内蔵助)の元に向かう本蔵を見送る…。今公演では、片岡亀蔵が本蔵を演じる。

 二〇一五年の襲名披露興行では、忠臣蔵の外伝物「土屋主税(つちやちから)」で、討ち入りを待ち望む旗本を颯爽(さっそう)と演じた。討ち入りの夜、赤穂浪士の大高源吾と俳諧を通して心情を通い合わせる場面が大きな見せ場となった。初代鴈治郎の当たり役十二演目を制定した「玩辞楼(がんじろう)十二曲」の一つで、初演は一九〇七年。二人の人間の心の交流が濃密に描かれている点が共通しており、鴈治郎は「『増補忠臣蔵』は『土屋主税』の基になった作品かもしれない」と思いをはせる。

 鴈治郎は「土屋主税」を初めて演じる際、父から「照れないで、気持ち良くやれ」と助言されたと明かす。「若狭之助にも同じことが言える。試行錯誤しながら新演出による舞台をつくり上げていきたい」と語った。

 三月公演(三〜二十七日)は「四代にわたる芸の継承」がテーマの二本立て。もう一作品は、河竹黙阿弥が五代目尾上菊五郎のために書き下ろした「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)−髪結新三(かみゆいしんざ)−」を上演。当代菊五郎の監修の下、尾上菊之助が新三に初役で挑む。国立劇場チケットセンター=(電)0570・07・9900。

 

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