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【伝統芸能】

見せる話芸40年 手話で落語 桂福団治

 上方落語の重鎮、桂福団治(77)が「手話落語」を始めて今年で四十年となる。聴いて味わう通常の落語に加え、耳が不自由な人にも楽しんでもらおうと、落語の所作に手話を合わせて「見せる話芸」を考案。手話落語の指導にも力を注ぎ、弟子の一人は「プロ」になった。手話落語のパイオニアは、笑いのバリアフリー化を進めることを「噺家(はなしか)としての使命」と語る。 (藤浪繁雄)

 大阪市内の公共施設で開かれた手話落語教室。小噺を披露する生徒に、福団治は「もっと上下(かみしも)をはっきりと」と手話を交えて指導する。身ぶり手ぶりで表現する生徒の表情も豊かだ。生徒は聴覚に障害のある人が多く、福団治は「職場になじめなかった人が手話落語で打ち解け、離職も減ったようだ」と明かす。

 三代目桂春団治さん(故人)の筆頭弟子の福団治は「藪入(やぶい)り」「鼠穴(ねずみあな)」といった人情噺の名手と呼ばれる。一九六〇年代、ギャグのたびに「ペケペン!」と合いの手を入れる「ペケペン落語」で人気者となったが、七〇年代に声帯ポリープが見つかり入院。一時期、声が出なくなったことに不安を覚え、手話を学び始めたという。

 完治後の七八年、落語に手話を取り入れることを思い立ち、翌年、高座で初披露。健聴者と聴覚障害者が一緒に楽しめるとあって、これまで数十席を上演し好評だった。

 新分野を切り開く一方で、悩みや葛藤もあった。「同音異義語の駄じゃれやギャグが伝わらず、難しさも感じた」と振り返る。また、本来「聴いて楽しむ芸」である落語を「見る芸」として披露することに「批判があるのではと、抵抗感もあった」と明かす。それでも、試行錯誤や経験を重ねるうち、観客が笑ったり、感動したりするポイントは通常の高座とほぼ同じと実感。「人情の世界は共通」と自信を持って高座に上がるようになった。

 八一年から開く教室では百人以上に指導してきた。その中の一人で、聾唖(ろうあ)の宇宙亭福だんご(54)は昨年、プロとして活動を始め、福団治の手話落語会に帯同する。「声が主役の落語を手話で楽しませる師匠の高座にびっくりした」と手話で説明する。入門から三十五年、高座では手話の分からない客のために隣や舞台のそでに“通訳”が控える。多彩な表情も交えて笑いを取る。

 手話落語の需要は年々高まり、最近ではショッピングモールなどで披露する機会も増えているという。福団治は「見る落語」を楽しむ健聴者も増えたと感じている。ストーリーが分かりやすく、うどんをすする所作で楽しませる「時うどん」が一番人気という。「聴覚障害の人と接するたびに、新しい発見がある。次の世代に受け継いでもらえるよう取り組んでいきたい」

<かつら・ふくだんじ> 1940年10月、三重県四日市市生まれ。60年、三代目桂春団治に入門し「一春」と名乗る。63年、初舞台。73年、福団治を襲名した。現在、関西演芸協会会長、上方落語協会理事の要職を務めている。

 

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