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【伝統芸能】

<らくご最前線>立川談幸 明朗さで観客引き込む

 五月二十三日、横浜市神奈川区民文化センターかなっくホールで「立川談幸独演会」を見た。

 一九七八年に立川談志に入門、八七年に落語立川流で真打ち昇進した談幸は、師匠の没後三年余を経た二〇一五年一月に落語芸術協会に移籍して話題となった。理由は「寄席の定席に出たい」というもの。軽い滑稽噺(こっけいばなし)から大ネタまでオールラウンドに聞かせる談幸の明るい芸風は寄席の世界によく似合っている。

 一席目は「死神(しにがみ)」。主人公の男が自分の寿命のろうそくの炎を燃えさしに移そうとして失敗する、というラストに独自の工夫を凝らす演者も多く、落語ファンにとって聞き比べが楽しい演目だが、談幸もオリジナルのエンディングで意表を突いた。

 二席目は腰元彫り(刀剣付属物の彫金)の名人譚(たん)「横谷〓貞」。古今亭志ん生が「宗〓の滝」として演じた講釈ネタだ。

 修業不足で師匠の横谷宗〓から勘当された宗三郎が、旅先で紀州公の注文により刀の鍔(つば)に滝を彫るが、受け取ってもらえない。宿屋の主人に心のおごりを指摘された宗三郎は心を入れ替え、滝に打たれて一心不乱に修業に励む。飲まず食わずで彫り上げた滝は、一見拙い仕上がりだったが見事紀州公を満足させ、お抱えの身となり勘当も解ける。

 紀州公が満足したのは手に取った鍔の滝から水がにじんだからだった、という謎解きを後回しにしたのは古今亭志ん朝の工夫。談幸もそれを踏襲してハッピーエンドを際立たせた。志ん生・志ん朝の「宗〓の滝」では宗三郎は二代目宗〓を継ぐが、談幸は講談そのままに「宗三郎は横谷〓貞と名を改め、永く紀州にその名を遺(のこ)した」と結ぶ。

 メリハリの利いた明朗な語り口で聴き手を引き込む大ネタ二席。この爽快な持ち味は、寄席にとって貴重な戦力だ。 (広瀬和生=落語評論家)

※〓は、王へんに民

 

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