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【伝統芸能】

<中村雅之 和菓子の芸心>歌右衛門が愛した味 「関の戸」(三重県亀山市・深川屋)

イラスト・中村鎭

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 かつて伊勢と大和へ分かれる東海道の宿場町としてにぎわった関で、江戸時代から370年余りにわたり作り続けられているのが「関の戸」だ。漉(こ)し餡(あん)を透けるような薄い求肥(ぎゅうひ)で包み、表面に阿波の和三盆をまぶした姿は、宿場の近くの鈴鹿山に降り積もる雪から着想したとされる。

 このことは、代々「関の戸」を作る深川屋(ふかわや)のホームページにも記されているが、名前の由来が、どこにもないのが気になった。鈴鹿山は難所で、「古代三関」の一つに数えられる「鈴鹿の関」があった。一方で、「歌枕」の地としても知られ、景色の美しさと難所を無事に越えた感慨を重ね合わせた歌が数多く残る。

 これらの歌には「関の戸」「雪」といった言葉が頻繁に出てくる。

 「関の戸」という名前は、そういう中で、自然と付いたのだろう。

 当てられている字は違うが、歌舞伎にも通称で「関の扉(と)」と呼ばれる演目がある。常磐津を地とした舞踊曲。正式な名前は「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」。舞台は、鈴鹿と並ぶ三関の一つ・逢坂の関だ。

 天下を狙う大悪人・関守関兵衛(実は大伴黒主)とそれを阻止しようとする良峰少将宗貞、小野小町姫、傾城墨染(けいせいすみぞめ)(実は小町桜の精)が入り乱れる。変化に富み、常磐津では大曲とされる。

 この「墨染桜の精」を当たり役としたのが、戦後を代表する大女形・六代目中村歌右衛門。歌右衛門は「関の戸」を好み、この役を演じるたび、深川屋の主人が楽屋に持参したという。 (横浜能楽堂館長)

<深川屋> 三重県亀山市関町中町三八七。(電)0595・96・0008。6個入り500円。

「関の戸」を愛した中村歌右衛門

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