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【伝統芸能】

<序破急トーク 二十代宗家・宝生和英> 生活に溶け込む能

 猛暑が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。能楽界の夏は各地で企画公演が開催され、私は例年のように各地を巡っています。金沢、富山、岡山、八ケ岳、名古屋…。屋外の舞台などその土地ならではの趣も楽しめます。能楽は地域おこしに適しているかもしれませんね。

 さて、前回は感情を揺さぶるエンターテインメントの長短を書きました。今回は、能楽のように生活に溶け込み、感情を一定に保つ効能のある芸能について記します。私は「アンビエント(「環境の」という意味)」な芸能と呼んでいます。日常の延長にあり、心を穏やかにします。季節を感じながら味わう薪能などは、その一例でしょう。

 ところで、世阿弥に「離見(りけん)の見(けん)」という言葉があります。俯瞰(ふかん)して物事を見る、第三者の目になって舞台を見直すという教えですが、あなたが常にこれを実践できていれば、能楽を見なくても大丈夫でしょう。しかし、残念ながら時間の流れが速い現代で、多くの方がそう都合良くはいかないのではないでしょうか。

 第三者的な視点を養うことは難しく、自分よがりになってしまうこともあるでしょう。そんな時、能楽を見ることは「頭を整理する時間」を作るという感じです。ウイスキーを飲んだり、観賞植物を眺めたりして頭を整理できる人がいることと同じです。私の知り合いのデザイナーには、能舞台で鑑賞中にアイデアがひらめく人もいます。私も企画などに煮詰まった時には、自然と稽古の回数が増えますね。

 能楽は見るだけでなく、誰でも習えることも魅力です。バレエやダンスよりフィジカル面の負荷は少なく(プロは除く)、何歳からでも始められます。ジェネレーションギャップもない。祖父と孫が一緒にできるのです。稽古を通して、家族のコミュニケーションを築ける場合もあります。

 これらは、大正から昭和の始めにかけて行われていました。当時の財閥のトップは、能をたしなみながら激動の時代を乗り越え、日本経済を繁栄させていったそうです。

 そうした認識がなぜ変わってしまったのでしょうか。それは、オペラやバレエ、ミュージカルなど海外のショービジネスが定着し、能楽のような芸能もこれらと統一化されてしまったためです。つまり文化のセグメンテーション(分類)ができなくなったことにあります。

 何でも取り入れる懐の深さが日本人の長所でもありますが、反面それによって頭が固くなってしまうことは、短所でもあるでしょう。これに関しては、われわれ伝統芸能の世界にいる人間も反省しなくてはいけません。「能楽」はかくあるべきだと決めつけず、柔軟に構えることが重要です。

 ということで、当欄に書いた内容はあくまで私見ではありますが、一つの「活用事例」として是非参考にしてみてください。 (宝生流二十代宗家)

 

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