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【伝統芸能】

宇宙を漂う音 舞台の空気変える力 能楽笛方・藤田六郎兵衛さん悼む

 二十八日に六十四歳で死去した能楽笛方藤田流十一世宗家の藤田六郎兵衛さんは、聴く人の心をとらえる音色を追求し続けた。繊細でありながら壮大なスケール。六十年かけて培った演奏技術は「舞台の空気をつくり、時に変えることもできる」と能楽師から評され、舞台への出演依頼は絶えることがなかった。

 本紙では昨年四月から今年三月まで「銀河のかなたに」と題した芸談エッセーを計十二回執筆してもらった。毎月やりとりする中で、六郎兵衛さんは自身の芸の世界観を「自分の笛の音は宇宙を漂っている」と話していた。能楽は舞や謡で構成する舞台。伴奏者としての笛方の役割を「観客が感じ取るべき感動を無限大にするために奏でている」と自任していた。「無欲で無心の一音」に徹したが、そのスタイルは「華麗かつ重厚な演奏で、存在感があった」(横浜能楽堂の中村雅之館長)と、格別な芸風でもあった。

 芸だけでなく、明るい人柄も魅力的だった。流儀に四百年以上伝わる愛用の「萬歳楽(まんざいらく)」という名器や、江戸時代に編まれた流派の演奏心得を記した「秘伝の書」を持参して取材に応じていただいた。博物館の収蔵品のような逸品をかばんから次々と取り出す姿に驚いていると「(秘伝の書は)普通に持ち歩くよ。新幹線の中で開いて、その日の曲を確認するんです」とニヤリ。目の前で演奏もしていただき、一音への情熱がひしひしと伝わった。

 能楽の伝統を守る一方で、クラシックなどとの融合にも熱心だった。昨秋は米ニューヨークでコンテンポラリーダンスとの競演舞台の作曲と演奏、今年三月には東京・観世能楽堂で上演した狂言風オペラ「フィガロの結婚」の脚本と演出を務め、いずれも成功を収めた。短大で西洋音楽(声楽専攻)を学び、芸に幅の広さがあったからなしえたのだろう。

 「ぼくは頼まれたら仕事を断らない」と何度か話していた六郎兵衛さん。出演舞台は多く、住まいのある名古屋と東京を頻繁に行き来したり、能楽の普及のため全国を回って小中学生に芸を披露したりする日々でずっと多忙を極めていた。

 これから円熟の極みを迎える時期だっただけに、周囲のショックは大きい。四十年来の交流があり、六郎兵衛さんが「互いの呼吸が分かり、いつでも一緒に舞台に出たい相手」と話していた小鼓方の人間国宝、大倉源次郎は「ぼくの兄貴分でありファンだった。彼の演奏は創造性も豊かで芸術だった」と悔やんだ。

 エッセーの最終回に「ここ一年ぐらいわずかながらゆとりが出てきた。周りに溶け込む自分の笛の音が聴けるようになってきた」と記した。六郎兵衛さんが奏でた笛の音は、聴いた人の心をいつまでも揺さぶり続けるだろう。 (藤浪繁雄)

◆100年に1人の逸材

<二十六世観世宗家の観世清和の話> 100年に1人出るか出ないかの逸材。天性の力を持った笛は、泣いているようにもしゃべっているようにも聞こえた。昨年春、突然どうしても2人だけで会いたいと言われ、(末期がんの)検査結果を打ち明けられた。目に涙を浮かべて「できることならもう少し笛を吹きたい」とおっしゃったので、とにかく治療に専念してほしいと伝えた。これからが円熟の境地で残念の極み。1年でも2年でも延命され、華のある舞台をご一緒させていただきたかった。

 

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