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【伝統芸能】

「生涯かけて新内節を」 米国出身名 取鶴賀伊勢笑(イセファニー)

 江戸浄瑠璃の一流派、新内節に米国出身の女性が稽古に励んでいる。鶴賀流の名取、鶴賀伊勢笑(イセファニー)(80)=本名・冨安ステファニー。二十一日午後六時から東京・紀尾井小ホールで開く流儀の家元、鶴賀若狭掾(わかさのじょう)のリサイタルに出演し「唐人お吉(下)」に挑む。「お吉のつらい心情を身に置き換えて、力いっぱい語りたい」と気合をみなぎらせている。 (神野栄子)

 ♪八つ山下の/茶屋女/寒さをしのぐ/茶碗酒…。

 お吉の哀(かな)しさが高音の節に乗る。幕末期、伊豆の下田の芸者、斎藤きちが外国からやって来た男性に奉公し、世間から「唐人お吉」と揶揄(やゆ)された生涯を伊勢笑が切々と語る。

 伊勢笑は米ニューヨーク州出身。ワシントン州立大で発達心理学を専攻し、博士号を取得。一九八〇年代に学会の事業で来日、各地を講演して回った際、ガイド役の冨安芳和慶応大教授と知り合い、四十六歳で結婚した。九九年秋、神奈川・鎌倉で若狭掾の新内節を初めて聴き「私もやってみたくなった」と話す。

 ところが同年十二月、初稽古の三日前に夫が脳疾患で倒れてしまう。若狭掾は「稽古はできないと思ったが、(倒れた)二カ月後には通い始めた。強い精神力には頭が下がる」と話す。伊勢笑は「新内節に助けられた。生きがいができたから」と振り返る。懸命に稽古し二〇〇四年六月に名取を取得、「鶴賀伊勢笑」の名前をもらった。二〇〇七年十一月に夫は亡くなったが、新内は続けた。

 難解な内容は、自身で営む英会話教室の生徒に翻訳してもらう。週一回の稽古日には自分で着付けをし、横浜の自宅から東京・神楽坂まで通う。十九年で新内節を約四十曲覚えた。「きれいな節とドラマチックな語りが面白い。生涯続けたい」と決意は固い。

 リサイタル「新内の会」は「幕末往来」をテーマに、実話と創作の名作を上演。浄瑠璃・若狭掾で「瞼(まぶた)の母」ほか。鶴賀若狭掾=(電)03・3260・1804。

 

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