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ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ

<池上先生の絵ほどき>ルオーと作風の巻 大胆な筆致と重厚な色使い

《秋またはナザレット》1948年 油彩 ヴァチカン美術館蔵 Photo (C)Governatorato S.C.V.−Direzione dei Musei

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 ジョルジュ・ルオーの画集をめくって、彼が生涯で残した作品群を眺めるだけで、「画家は作風を守るべきか、変えるべきか」という問いへのひとつの答えがみつかるだろう。

 彼は一八七一年にパリの家具職人の家に生まれ、十四歳でステンドグラス職人のもとに徒弟奉公に出る。彼の絵画がもつ、原色に近い強烈な色使いと、黒く太い輪郭線で構成されたスタイルは、ひとえに彼がステンドグラスを最初に学んだおかげである。

 画家になろうと入学したエコール・デ・ボザールで、ギュスターヴ・モローの指導を受けたことは彼の幸運となった。モローは世紀末芸術の大家だが、自らのスタイルを教え子に一切強制しなかった。おかげで彼のもとからはフォーヴィスムの旗手マティスやマルケ、ルオーら多くの才能が羽ばたいた。ちなみに後にモローが亡くなり、アトリエが美術館になった際には、ルオーが初代館長をつとめている。

 ルオーは長寿をまっとうして、一九五八年に八十六歳で亡くなる。その前年には、ときの教皇ピウス十二世に<秋 または ナザレット>を寄贈している。晩年の作品群を代表する同作品は、イエスが幼少時を過ごしたナザレを舞台としている。背の高い木々の間に家々が点在し、前景に小さく描かれたイエスやマリアの聖家族を、秋の赤い太陽があたたかな光で包み込む。

 ルオーは一生を通じて宗教主題を描き続け、そして晩年にはそれを風景のなかで展開することに執心した。大胆な筆致と重厚な色使いは健在だが、細部を略して抽象化が進んだその作風は、若い頃のフォーヴィスム的なスタイルからは大きな変化を遂げている。

 そのため、かつての様式を捨ててしまったのかとの批判もあったが、それに対してルオーは、「私がフォーヴィスムの画家であったためしはない」と驚くような言葉で突き放す。自分は導かれるままに来ただけで、これまでの作品ではなく今後だけを考えている、とルオーは答える。彼は言う。「私は何も見てきませんでした。(…)私は今見ています。次第次第に見えてきています」(藤田尊潮訳)

 (池上英洋=美術史家、東京造形大教授)

 ※「ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ」展は、29日〜12月9日、パナソニック 汐留ミュージアム(東京)で開催。

 

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