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ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ

光、色、形 祈りの実践

 パナソニック 汐留ミュージアム(東京都港区東新橋)の開館15周年を記念する特別展「ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ」(東京新聞など主催)が、同ミュージアムで29日から開かれる。

 20世紀フランスを代表する宗教画家ジョルジュ・ルオー(1871〜1958年)の没後60年を機に、ルオーの画業の軸である聖なる芸術をテーマに、油彩、水彩、版画、資料の約90点で、ルオーが目指した愛のかたちを紹介する展覧会。ルオー芸術の集大成ともいえる本展の見どころを、監修者で西南学院大教授の後藤新治氏に、出品作品の解説をパナソニック 汐留ミュージアム学芸員の萩原敦子氏に寄せてもらった。

◆彼はなぜ教会に行かなかったのか 後藤新治(西南学院大教授)

 ルオーはプラティカン(信仰の実践者)だったのか? つまり敬虔(けいけん)なカトリック信者として毎週欠かさず日曜日の礼拝に通っていたのだろうか? ある時私はルオーの孫にあたる財団理事長ジャン=イヴ・ルオー氏に伺ってみた。

 答えは意外にも(というか予想通り)否定的だった。祖父が教会に出かけていく姿をほとんど見かけたことはないと言うのである。聖顔とともに道化師や娼婦(しょうふ)など聖俗の境界を超越した主題を描き続けた二十世紀のキリスト教画家ルオーはなぜ教会に行かなかったのか?

アトリエで制作中のルオー Photo:Yvonne Chevalier

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 サブタイトルを「聖なる芸術とモデルニテ」としたのは、現代社会におけるルオーの宗教芸術を再評価するためである。「モデルニテ」(近代性あるいは現代性)とは十九世紀半ばにボードレールが使い始めた批評用語。つかの間で偶然のものを意味し、これが芸術の半分を占めるべきだと言う。換言すれば残り半分の古典的で永続的な美の規範に対する反逆である。

 この反逆としてのルオーの「現代性」を検証するため、本展では四つの指標を導入した。「イコン」によって版画の複製性を、「サバルタン」(自ら語ることができない従属的階級)によって被抑圧者の無言の抵抗を、「マチエール」によって平面絵画の物質化を、「ユートピア」によって管理社会への警告を、それぞれ際立たせた(つもりだ)。

 「聖なる芸術(ラール・サクレ)」の歴史はさらに新しく二十世紀に入ってからである。この言葉の定着にはとりわけ二人のドミニコ会士クチュリエとレガメー両神父の精力的な活動があずかっている。低俗化と大戦によって荒廃した教会の芸術を、思想や信条を問わず現代芸術の天才たちによって再生させようとした戦後のカトリック刷新運動が一般に「聖なる芸術」と呼ばれている。

 ところがルオーは思弁的な「聖なる芸術」を嫌い、この運動とはつねに距離を保ち続けた。彼はあくまでも「祈りとしての芸術」にこだわった。ルオーの語る聖なる芸術の条件とは「沈黙を強い、ひざまずかせること」。

 政教分離法以後、宗教と芸術の乖離(かいり)がいっそう進むなかで、教会に代わって美術館が新たな「美の礼拝堂」と化した現代にあって、ルオーは教会に通うことなく、自らの「アトリエ=礼拝堂」に独りこもり「祈り」を実践していたに違いない。

《秋 または ナザレット》

1948年 油彩 ヴァチカン美術館蔵 Photo(C)Governatorato S.C.V. − Direzione dei Musei

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 画家が1957年に、教皇ピウス12世に寄贈した作品。ナザレット(ナザレ)はキリストが幼少時代を過ごした場所。ぬくもりあふれる光の中にキリストと家族が集い、画面には愛に満ちた親密な雰囲気が生まれている。樹木と塔と山の稜線(りょうせん)が生み出す安定した構図の画面に、色と形が調和し、ルオー独自の宗教的ヴィジョンがひろがる。ルオーの風景画の名品である。

《青い鳥は目を潰せばもっとよく歌うだろう》

1934年 油彩・グワッシュ・淡彩 個人蔵(ルオー財団協力) (C)ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2018 E3077

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 人間が受ける罪や苦しみをイエスの十字架の道と重ね、生きる苦悩と愛の救済を表現した銅版画集『ミセレーレ』。本作は、『ミセレーレ』に組み入れられる予定だったが、未採用となった図像である。画題から、盲目であることが暗示される少女は、首を傾け、優しい微笑(ほほえ)みを浮かべる。苦難の中でも愛あふれる存在でいる人間の姿が重なる。

《聖顔》

 ルオーがキリストの真実を追究する作品を描く中、独自の図像として生まれたのが「聖顔」である。装飾枠のある四角形の空間に、キリストの顔貌のみを描く「聖顔」は、顔のみが浮かび上がる神秘性や真正面からとらえた不動性から、死をも克服したキリストの神秘の顕現を鑑賞する者に体験させる。本作は、その代表作である。

《受難(エッケ・ホモ)》

1947−49年 油彩 ポンピドゥー・センター パリ国立近代美術館蔵 Photo(C)Centre Pompidou, MNAM−CCI, Dist. RMN−Grand Palais / image Centre Pompidou, MNAM−CCI / distributed by AMF

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 「エッケ・ホモ」は、「この人を見よ」の意。ヨハネ福音書にある、ローマ総督ピラトが審問所の聴衆に向かって発した言葉。磔刑(たっけい)を告げられたキリストは、茨(いばら)の冠をかぶせられ、鞭(むち)を打たれて嘲弄(ちょうろう)された。下された審判を、目をつむり、顔をやや傾けて静かに受け入れる本作のキリストは、静謐(せいひつ)であり、また荘厳でもある。 

《聖心》

1951年 七宝 ヴァチカン美術館蔵 Photo (C) Governatorato S.C.V. − Direzione dei Musei

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 聖なる心臓を描いたこの七宝作品は、スイス国境近くのノートル=ダム=デ=ヴォワロン隠修院の聖櫃(せいひつ)(聖体をおさめた箱)の扉装飾に使われたもの。ルオーの作品を下絵にして、リギュジェの修道院の工房によって制作された。聖なる心臓の図像は、キリストの罪のあがないへの崇敬を象徴する。

 

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