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【全日本大会】

[総合]僕と一緒に野球愛そう 中日・松坂大輔選手

出場選手に熱いメッセージを送る中日の松坂大輔=ナゴヤドームで

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 “小学生の甲子園”高円宮賜杯第38回全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメントが19日、東京・神宮球場で開幕する。翌20日から同球場など都内5会場で全国の予選を勝ち抜いた51チームが熱戦を繰り広げ、全国1万2000チームの頂点を争う。日本一を目指す選手たちに、ことし見事、日本球界で12年ぶり勝利を挙げ、活躍を続ける中日・松坂大輔投手(37)がメッセージを寄せてくれた。

   ◇

 選手のみなさん、高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会出場、おめでとうございます。

 自分も小学生の頃、全国や関東、東京都大会を目指して、頑張っていたのを思い出します。練習は厳しかったけど、楽しい毎日でした。

 僕は小学生のときに地元、東京都江東区の東陽フェニックスで野球を始めました。3年生の秋に、体験入部に行ったんです。そのときチームは試合をしていて、いきなり「打ってみるか?」ってバットを渡されて。それで打ったら、なんと満塁ホームラン! なんだか、漫画みたいなデビューでしたね。

 その前から野球は好きで、父親が早く帰ってくると、いつもキャッチボールの相手をしてもらっていました。チームに入ってからは、学校から帰ると毎日、壁当てをしたり、素振りをしたり。バッティングセンターにも行きました。週末はチーム練習です。その頃にはもう、「プロになるんだ」って考えていましたね。中学では硬式の江戸川南リトルシニアに入ったんですが、そのときも、ここからいい高校に入り、甲子園に行って、プロに入る…。漠然と、そんなイメージを描いていたんです。

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 僕はずっと、バッティングが大好きで、バッターとしてプロに入ろうと考えていたんですよ。横浜高校2年の時には、背番号「1」をもらっていましたが、そのときもまだ、自分ではバッターのつもりで。ピッチャーでもいけるかも…と思ったのは高校3年生のとき。わからないものですね。

 小学生の頃から中学、高校、そしてプロ、メジャーリーグ…。いろんな環境で野球をしてきた中で、ずっと変わらなかったのは、野球が好きだ、という気持ちです。

 僕はことし、日本で12年ぶりの勝利を挙げ、オールスターゲームにもファンのみなさんに選んでいただき、出場することができました。その間には、ケガで辞めようかな、なんて考えたこともあります。それでもあきらめずに続けてきたのは、野球が好きだから。周りやファンのみなさんの支えもあって、僕はいま、野球の楽しさを、これまで以上にかみしめています。

 みんなも野球を好きな気持ちを忘れずにいてください。僕もみんなと一緒に、これからも頑張ります。 (中日ドラゴンズ投手)

<松坂大輔(まつざか・だいすけ)> 1980年9月13日生まれ。小学3年のときに東京・江東区の東陽フェニックスで野球を始め、中学時代は江戸川南リトルシニアでプレー。横浜高では3年時に甲子園春夏連覇を果たすなど活躍。98年ドラフト1位で西武に入団し、3年連続最多勝など数々のタイトルを獲得。2007年に米大リーグのレッドソックスに移籍、メッツなどでも活躍。15年に日本球界へ復帰。中日に移籍したことし、国内12年ぶり勝利を挙げるなど活躍中。

 

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