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【ヒデキ!カンレキ!! 西城秀樹 感謝の歴史】

(9)洋楽にはまる 小5で兄とバンド組む

イラスト・赤塚千賀子

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 ベンチャーズ、ビートルズ、ローリングストーンズ、シカゴ、サンタナ−。「懐かしい!」と感じた方は僕と同世代ですね。ミュージシャンとしての僕を育ててくれたのは、これらの洋楽でした。

 僕は子どものころ、背は低かったけれどとてもわんぱくで、近所の子どもたちとけんかばかり。両親も手に負えないガキ大将だった一方で、幼稚園のときにはバイオリンを習っていました。ジャズ好きで、ギターもたしなんだ父の意向だったのでしょう。物心がついたころ、家ではジャズが流れ、町内の祭りに呼ばれて水原弘さんの「黒い花びら」を歌うなど、音楽は身近な存在でした。

 三つ上の兄の影響もあり、小学三年のころ、ジャズスクールでギターを習うようになりました。最初はクラシックギターを習っていましたが、このころ出合ったのがベンチャーズです。「テケテケテケテケ…」というあのエレキギターのサウンドにしびれた僕たち兄弟。兄はエレキギター、僕はベースを必死で練習しました。

 ところが、さらに気になる楽器、ドラムが僕の前に現れます。ジャズスクールにあったドラムセットをたたいているうち、のめり込みました。たまたま母と行った映画館で石原裕次郎さんの「嵐を呼ぶ男」を見て、完全にはまりました。スティックで手当たり次第にものをたたいて回り、よく叱られました。

 このころから、将来はミュージシャンになりたいと思っていました。ロンドンに住みたい、とも。やはりビートルズやローリングストーンズの影響ですね。

 小学五年生で中学生の兄と五人編成のバンドを組みました。その名も「ベガーズ」。ベンチャーズ好きの兄が名付けました。(歌手)

 

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