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【ヒデキ!カンレキ!! 西城秀樹 感謝の歴史】

(12)三角部屋 希望に燃え、寒さも平気

イラスト・赤塚千賀子

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 十六歳で上京すると、デビュー前までプロダクションを経営していた上条さんという方のアパートでお世話になりました。台所のほかに、夫妻が寝室にする六畳間と、女の子二人の二段ベッドがある四畳半の二間だけ。最初に足を踏み入れたとき、「あれ? 僕はどこで寝るんだろう」と思いました。

 「坊やはここだ」と上条さんが指をさしたのは、台所の一角の三角部屋。三畳もない広さです。板の間で物置に使っていたのでしょうか。枕元にジーパンと運動靴、洗面道具を置いて寝ると、いつも足が台所の方に出て寒かったのを覚えています。

 希望に燃えていた僕は、そんな部屋でも少しも気になりませんでした。上京と同時に、歌や踊り、芝居のレッスンが始まりました。上条さんのレッスンは厳しく、少しでもミスをすると何度もやり直しをさせられました。でもデビューできたのは上条さんのおかげ。今でも感謝しています。

 レコードデビューをしたころに一度、父がこのアパートに来たことがあります。上京の際も強硬に反対した父は、三角部屋で寝ていることを知ると激怒し、僕を広島に連れて帰ろうとしました。広島の実家で、僕は十畳の部屋を与えられていましたから、息子がいじめられていると思ったんでしょうね。

 「お父さん、勘弁してください。何とかここに残して!」。僕はいかに上条さんに良くしてもらっているかを説明し、何とか引き下がってもらいました。

 僕の子どもたちが、同じ状況で暮らしているのを目の当たりにしたら、やはり我慢できないでしょうね。思えば父は、僕が強い意志を持って東京で暮らしているのかを確かめたかったのかもしれません。(歌手)

 

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