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【ヒデキ!カンレキ!! 西城秀樹 感謝の歴史】

(21)続・ヤングマン ヒットは自分でつくり出す

イラスト・赤塚千賀子

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 一九七八年の米国・ロサンゼルス。移動中の車の中でラジオから流れたヴィレッジ・ピープルの曲「YMCA」に心を奪われました。元気がみなぎる軽快なメロディーに、すぐ「歌ってみよう」と思いました。

 当時、デビュー七年目。「一年休まず一等賞を取ろう」とがんばったのですが、大ヒットは生まれず、挑戦が必要でした。実は、原曲はホモセクシュアルをテーマにした歌。それを青春賛歌として全面的に歌詞を差し替え、歌いやすいよう僕がアレンジしました。題名も「ヤングマン」としました。振り付けのアイデアを出したのも僕です。

 七九年の新春ステージで「明るい曲だからアンコールにいいかも」と披露したところ、ファンもすぐに振り付けを覚えてくれ、とても盛り上がりました。「これはいけそうだ。レコードにしよう」と決心すると、レコード会社からは猛反対されました。業界では「外国曲はヒットしない」という常識があったからです。

 「ぜひ歌いたい」と押し切ると別の問題が。すでに別の新曲のレコードが録音済みで、工場でプレス待ちの状態でした。すぐにキャンセルをしたものの、時はレコード発売三週間前。ミュージシャンをかき集めてレコーディングをし、工場にも頭を下げて何とか発売にこぎ着けました。

 いろいろな面で常識破りだったヤングマン。発売日前日は眠れない夜を過ごしました。ふたを開けると空前の大ヒットになり、星条旗をあしらった衣装でのパフォーマンスも受け、音楽番組「ザ・ベストテン」では9999点と唯一の満点。「最初から売れると思っていたよ」と手のひらを返す人たちに閉口するとともに、「ヒット曲は自分でつくり出すものだ」と実感した曲になりました。(歌手)

 

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