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【言わねばならないこと】

(29)政府批判許さぬ国に ヴァイオリニスト・小林武史氏 

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 集団的自衛権の行使容認が必要な理由について、安倍晋三首相は「国民の安全を守る」ためと言う。だが、戦争とは「国を守る」という政府の宣伝から生まれる。どんな理由を付けようとも、戦争とは、人と人とが殺し合うことだ。

 戦時中、中国戦線から戻った知人が「捕虜をはりつけにして射撃練習をしていたら当たり所が悪く大声で泣き叫ぶので、上官が切り殺してくれた」と自慢するのを聞いた。武力で他国を守る集団的自衛権の行使を認めることは、日本を戦争のできる国に変え、自衛隊を人殺しのための軍隊に作りかえることだ。

 敗戦を告げる玉音放送を聞き、母と伯母は「戦争が終わった」と涙を流して抱き合いながら喜んでいた。十四歳の軍国少年だった私は「負けたのにうれしいとは何ごとか」と本気で切り殺そうかと思った。いま思えば、政府批判はおろか、政治的発言さえはばかられる社会で育ち「天皇陛下のために死ね」という愛国教育の結果だったと感じる。

 敵味方なく多くの血が流れたあの戦争の反省から、私たちは政府を再び暴走させないよう縛る日本国憲法を手に入れた。民主国家とは国民の批判を受け、誤りがあれば修正しながら歩んでいくものだ。しかし、特定秘密保護法は国の誤りを監視するための判断材料から国民を遮断してしまう。

 しかも、安倍首相は第一次政権で教育基本法に愛国心の理念を盛り込み、昨年十二月、国家安全保障戦略に愛国心を明記した。愛国心を押しつけ、秘密保護法で情報を隠すことは、政府批判を許さぬ息苦しい社会につながるのではないか。

 <こばやし・たけし> 1931年生まれ。国際交流基金の派遣でアジア各国や南米を訪れ、演奏会や青少年の指導をしてきた。

 

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