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【言わねばならないこと】

(35)「戦後の精神」つなぐ 作家・大江健三郎さん

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 特定秘密保護法が成立してから、六日で一年。施行は十日に迫った。集団的自衛権の行使容認の問題と合わせ、作家の大江健三郎氏に聞いた。

 政府が言う「積極的平和主義」は、憲法九条への本質的な挑戦だ。米国の戦争の一部を担う立場に変えていこうとするために「積極的平和主義」という言葉をつくった。だから、何よりも特定秘密保護法が必要になる。

 集団的自衛権を行使できることを日本の態度とするなら、米国が起こしうる軍事行動に踏みとどまる建前を失う。どういう戦闘が行われるか、戦況はどうなるか。米軍と自衛隊のやりとりは何より秘密でなければならない。秘密保護法を一番要求しているのは米国だろう。

 日本政府は「積極的平和主義」を内外に宣伝している。最初、それは誰にも滑稽な言葉だった。しかし、半年、一年とたつと、国民は慣れて反発しなくなった。政府が国家の方針として提示し続ければ常態となる。市民は抵抗しなくなるということではないか。いま日本は、かつてなかった転換期にあると感じる。

 「積極的平和主義」という言葉に対比すると、いままで日本が取ってきた態度は憲法九条に基づく「消極的平和主義」になる。

 日本は平和を守るために戦うとは決して言わなかった。軍備を持たない、戦争はしないと世界に言い続けた。平和という場所に立ち止まる態度だ。僕は尊重されるべき「消極的平和主義」だと考えている。

 「積極的平和主義」は言い換えれば「消極的戦争主義」になる。米国の戦争について行く。戦場で肩を組んで行けば「消極的」か「積極的」かは関係なくなってしまう。自衛隊員が一人でも殺される、あるいは自衛隊員が一人でも殺すことになれば「消極的戦争主義」というフィクションも一挙に消えてしまう。憲法九条を残したまま、すっかり別の国になってしまう。後戻りはできない。それは明日にも現状になる。

 僕が十二歳のときに憲法ができた。学校で九条の説明をされて、もう戦争も軍備もないと聞いて、その二年前まで戦争をしていた国の少年は、一番大切なものを教わったと思った。自然な展開として、作家の仕事を始めた。九条を守ること、平和を願うことを生き方の根本に置いている。われわれは戦後七十年近く、ずっとそうしてきた。次の世代につなぎたい。

 僕も、すぐ八十歳。デモに参加すると二日間は足が痛むが、集会で話すこともする。そのような自分ら市民を政府が侮辱していると感じるから。「戦後の精神」を持ち続ける老人でいたい。

 <おおえ・けんざぶろう> 1935年生まれ。東大在学中に「死者の奢り」で作家デビュー。代表作に「個人的な体験」「万延元年のフットボール」など。94年、日本人として2人目となるノーベル文学賞を受賞。護憲派の市民団体「九条の会」の呼びかけ人。

 

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