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【言わねばならないこと】

<特別編>言葉 真実語ったのか 作家・高村薫氏

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◆答弁で日本語壊された

 安倍首相ら政府側の国会答弁によって、私たちの日本語が破壊されていった、という感じがする。政治家が言う「丁寧な説明」という言葉に、虫ずが走るようになった。「丁寧」が丁寧ではなくて、「説明」も説明になっていない。中身のない呪文になってしまった。

 一連の国会答弁は、一から十まで中身がなければ誠実性も欠いたもので、二種類の欺瞞(ぎまん)でできていたと思う。

 一つ目の欺瞞は、事実ではないうその説明。日本人を乗せて避難してくるアメリカの艦船を防護できなくていいのか、という説明、これはうそ。ホルムズ海峡での戦時の機雷掃海の話も、当の駐日イラン大使がそんなことはあり得ない、と言った。あり得ないうそに基づいた説明を、堂々と国会の場で繰り返すことによって、集団的自衛権そのものへの不信を募らせた。

 もうひとつは、事実を隠すための不正確、不透明な文言。何とも結局説明がつかない、「存立危機事態」とか「後方支援」とか。事実をごまかす、隠すために不正確、不透明な文言でそれを説明するから、当然支離滅裂、意味不明なことになる。もともと不正確な文章というのは、いくら言葉を補っても正確な、明快な文章にはならない。説明すればするほど、ぼろぼろになっていくだけ。そういうものを私たちは聞かされ続けてきた。

 ポツダム宣言を「つまびらかに読んでいない」と国会答弁の場で言ってはおしまい。学問とか知識とか歴史に対する尊敬がなさ過ぎる。だからめちゃくちゃな日本語を使うんでしょう。

 揚げ句の果てに国民の理解が進まない、と。東アジア、中国の危機を国民は理解しないので、丁寧な説明をしてきたけれども、政治の責任で決める時は決める、というわけだから。ここまで言葉の論理や物事の筋道を軽んじる政治を私はちょっと想像できなかった。こんな政治があるんだとは。

 国会答弁というのは、やじも含めてすべて記録に残る。自分たちの一言一句が公式の記録として半永久的に残る、ということすらもう念頭にない。だからやじを飛ばせるんでしょう。そこまで国会をなめているし、政治をなめている、としか思えない。もちろん、国会をなめている、ということは国民をなめている。

<たかむら・かおる> 1953年、大阪市生まれ。国際基督教大卒業後、商社勤務を経て90年、「黄金を抱いて翔べ」で作家デビュー。93年に「マークスの山」で直木賞。他に原発テロを題材にした「神の火」など数多くの作品がある。

 

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