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【言わねばならないこと】

(62)「非立憲」の政治に警鐘 憲法学者・石川健治氏

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 安全保障関連法については、こういう決め方・変え方で良いのか、という違和感をもつ人々が、安倍政権の支持者の中にもいたはずだ。この違和感には理由がある。決め方・変え方のルールは、法秩序にとって自らがよって立つ根拠であり、最も重要なルールだ。これを破壊すると、法秩序の枠組み自体が壊れてしまう。

 ところが安倍政権は、発足当初から「憲法を国民に取り戻す」と称して、憲法改正ルールを定める憲法九六条に狙いを定めた。この決定・変更のルールを攻撃するという姿勢において、政権は首尾一貫している。昨年七月一日の閣議決定による憲法解釈の変更もまた、そうだった。

 集団的自衛権を行使しないという政府の方針は「将来も変更しない」という約束として定着していた。「変えない」というのは変え方のルールの一種であり、憲法上のルールを補充するルールとして、政府が自らに課した義務づけである。しかし、一内閣の閣議決定によって、国民に信を問おうともせず、大転換が行われた。昨年十二月の衆院選では、安保政策の争点化は巧妙に回避された。そして「勝手に決めるな」と叫ぶ国会前の声を無視して、安保法は成立した。

 自分が自分に課すルールは義務づけの力が最も強く、それを破るようでは、他のルールもたやすく破り始める。事実、安倍政権は、野党が臨時国会の開催を求めたにもかかわらず、そうした場合に召集を義務づける憲法五三条を、公然と破るに至った。

 この間、私は安保法それ自体の違憲/合憲とは別に、政権の立憲/非立憲という対立軸をたてて発言をしてきた。戦後の立憲政治を担ってきたはずの自民党は変質してしまった。反対派のみならず賛成派ももろともに立憲政治が倒されようとしている事実に、あらためて警鐘を鳴らしたい。

 <いしかわ・けんじ> 1962年生まれ。東大法学部教授。「立憲デモクラシーの会」呼び掛け人。著書に「学問/政治/憲法 連環と緊張」(編著)など。

 

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