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【言わねばならないこと】

(71)民主主義のルール破壊 憲法学者・志田陽子さん

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 ナチス・ドイツは戦前、国家の意向に合わない芸術家の作品を集めて退廃芸術展を開き、「独国民にふさわしくない作品だ」として、さらしものにした。一九五〇年代にレッドパージ(赤狩り)があった米国では、政府にとって好ましくない価値観を持つ人の名が議会で取り上げられた。対象となったのは報道メディアや映画人だった。

 卒業式で国歌斉唱しないと述べた大学の学長が、文部科学相から「恥ずかしい」と批判される。政府にとって困ったことを言う報道番組は与党議員に批判される。やりかたはソフトかもしれないが、独や米国であったことと本質は同じだ。

 国民が真に望む事柄であれば、現憲法との同一性を破壊しない限度内で憲法を変えることは、憲法自身が認めている。しかし、その前提として、自由な言論が保障され、ひとりひとりが自律的な判断をできる環境にあることが必要だ。言論の自由がない状態で投票が誘導されれば、それは民主主義とはいえない。

 公権力は圧倒的に強い。しかし、批判が高まれば選挙を通じて政権はひっくり返る。これは民主主義の当然のプロセス。時の政権が政権交代を恐れて批判を封じるのは、自分たちが選ばれていることの正統性を否定することになる。

 安全保障関連法の成立の仕方を「クーデターだ」と言う憲法学者もいる。立憲的・民主的なプロセスを外した「ルール破壊」が起きたと。今の言論環境のまま改憲に進むなら、その延長線になってしまう。ましてや改憲議論が本格化すると、言論環境はもっと厳しくなるだろう。だからこそ、いま言わなければならない。

 <しだ・ようこ> 1961年生まれ。武蔵野美術大教授(法学)。表現の自由や著作権法を中心に、法の問題を研究。

 

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