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【言わねばならないこと】

(82)大本営発表を教訓に 近現代史家・辻田真佐憲さん

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 日本軍が米ハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争が始まってから八日で七十五年。「勝った」「勝った」と国民を欺き続けた戦時中の「大本営発表」は、日本のメディア史で最悪の出来事だった。新聞が軍の動向をきちんとチェックしていれば、国民はそれを知ることができたし、軍もいいかげんなことはできなかった。最後の防波堤が壊れてしまった。

 軍の存在感が高まったきっかけは一九三一年の満州事変だった。陸軍に批判的な論調だった新聞各紙は、スクープをものにしたいために協力に転じた。戦争に便乗すれば新聞は売れた。軍は機密費で記者を接待するなど、一体化が進み、大本営は敗戦まで、でたらめな発表を繰り返した。

 大本営は太平洋戦争で連合国の戦艦四十三隻、空母を八十四隻沈めたと発表した。実際の連合軍の喪失は戦艦四隻、空母十一隻。米空母「サラトガ」は、昭和天皇が「沈んだのは今度で確か四度目だったと思うが」と苦言を呈したエピソードも残っている。戦果の誇張と損害の隠蔽(いんぺい)も当たり前となり、守備隊の撤退は「転進」、全滅は「玉砕」と美化された。

 大本営発表の問題は福島第一原発事故にも通じる。それまでマスコミは原発にあまり関心を持たなかった上に、電力会社が莫大(ばくだい)な広告費を出し、批判しにくい風潮の中で事故が起きた。マスコミのチェック機能がまひしていたわけで、戦後七十年近くが経過しても大本営発表の教訓を学べていなかったのではないか。

 マスコミと政治権力の一体化は戦時下の異常な事態と片付けるのではなく、現在につながるものと考えた方がいい。政治と報道が再び一体化することを防ぐために、大本営発表という歴史の暗部を共有したい。

 <つじた・まさのり> 1984年生まれ。近現代史研究者。文筆家。著書に『大本営発表』『日本の軍歌』『ふしぎな君が代』(いずれも幻冬舎新書)。

 

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