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【記者たちの戦後経済秘史】

復興支えた山村 小柳悠志(名古屋経済部)

紙幣の原料となるミツマタの畑を見て回る生産者=愛媛県四国中央市で

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 瀬戸内海に沿って製紙工場が並ぶ愛媛県四国中央市。高速道路で三十分ほど内陸に入ると、山あいに旧新宮村の家々が見えてくる。ここでお札(銀行券)の原料となる植物「ミツマタ」の生産者を取材した。

 敗戦国の常として日本もまた太平洋戦争後には激しいインフレに襲われた。都市部の住民らが、物価高騰でどのような辛苦をなめたかは歴史の教科書にも詳しい。私は通貨が混乱する現場をお札の供給側から明らかにしたいと思った。

 お札の発行には丈夫な繊維と光沢を持つミツマタが欠かせない。粗悪な紙を使えば偽札が次々と現れ、通貨の信用性が揺らぐ。戦後の混乱期、今日以上にお札の材質が問われたのだろう。財政当局の要請を受け、ミツマタの大増産に応じた四国や中国地方の山村が日本の復興を支えていた。

 私が取材した七十代の男性は、少年時代に学校に通う暇もなく山でミツマタの枝を刈り取ったり、ギンナンを拾い集めたりして生計を立てていた。お札の原料を支える人たちが、お札に縁のない貧しい生活を送るというのは皮肉だった。

 ミツマタ生産は枝を刈って蒸し、皮をはぐ重労働が続く。一方、得られるお金はわずかで割に合う仕事ではない。こうした村々は過疎化が進み、今ではミツマタは中国やネパールで生産され、日本に運ばれている。お札の発行は安い労働力なしには成り立たない。

 マイナス金利が導入された今日、お札の発行量が急激に伸びている。銀行に預けても利子が期待できないため、人々がたんす預金をしているためだ。再びお札の原料の調達に苦労する時代がやってきたのではないか。

 金融政策が行使される裏側で、通貨の信用を支える農家の苦労に思いをはせなければ。

 

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