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【記者たちの戦後経済秘史】

「会社は負けぬ」…反骨の人 平井良信(名古屋経済部)

石田退三

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敗戦のショックに日本中が沈む中、その人は社業をどう建て直すかだけを考えていた。終戦間もない一九四五年十月、豊田自動織機の専務だった石田退三(故人)が連合国軍総司令部(GHQ)に単身乗り込み、織機の輸出許可を勝ち取った逸話を取材した。

GHQの統制下にあり、国として輸出が制限されていたころ。GHQ本部では「戦争に負けた三流国のくせに」とさげすむ軍人を相手に一歩も引くことなく、丁々発止のやりとりを繰り広げ、輸出許可を獲得した。「戦争には負けたが、会社が負けたわけではない」。自著で当時を振り返った言葉に、石田の反骨心がみてとれる。

トヨタグループの創始者である豊田佐吉(故人)が考案した「G型自動織機」は戦前から輸出され、海外で高い評価を得ていた。戦後の困難な状況下で輸出機会を狙って果敢な行動に出たのも、競争力があれば必ず世界で通用するという確信があったからにほかならない。

石田はその後、労働争議でトヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)社長を辞任した豊田喜一郎(故人)の後を継ぎ、クルマづくりの灯を守った。その自動車は、戦後七十年の間に海外の市場を切り開いて世界に広がり、日本経済をけん引する産業に成長を遂げた。終戦間もなく、いち早く輸出にこだわった石田の精神は、戦後の日本経済の原点とも言える。

 

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