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【記者たちの戦後経済秘史】

苦境が鍛えた競争力 後藤隆行(名古屋経済部)

トヨタの挙母工場で出荷を待つ軍用トラック=トヨタ自動車提供

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世界の自動車業界トップに立つトヨタ自動車が、戦後間もない一九五〇年には経営危機に直面した。労働争議の末に人員整理を余儀なくされる。その直後、朝鮮戦争の軍用トラック特需で息を吹き返した。

朝鮮特需で社内に何が起きていたのか。若手社員だった元役員に同僚と話を聞いた。だが、現場の生々しい様子は、なかなか口をついてこない。トヨタ関係者が胸に刻むのは労働争議の苦い記憶であり、降ってわいた注文だから何かを成し遂げたわけでもない。

あれこれ尋ねること一時間半、米軍の苦情に一つ一つ応えたことを思い出してくれた。シャフトが折れないようにするため「みんなで集まって検討した」と振り返り、「実践しながら鍛えられた」とも語った。

戦中や終戦直後の証言を聞くことは、時間との闘いである。この重みを強く感じたのは、中日新聞名古屋本社で二〇一二年から二年半続けた長期連載「時流の先へ」からだ。

中部の老舗企業やトヨタの歩みをひもとくため、時々の経営者やその身内、元役員、元社員らを取材し、社史に記されていない秘話を探し求めた。ただ、記事を掲載した後、他界した取材相手は私が知るだけで五人いる。

「どんどん円が切り上がり、カップラーメンを食べながら、連日深夜まで輸出車の価格を計算した」。別の元トヨタ役員は、日本通貨の円が変動相場となった一九七一年当時を覚えていた。カップラーメンは誕生したばかり。おもしろい。いつか記事にしたい。そう思って二年後に再取材したのが、この「甦る経済秘史」だった。

為替や株価の急上下が大きなニュースとなる現在。その数字と向き合う現場を知らなければ、本当の意味は分からず、数字だけに踊らされることになる。

 

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