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【記者たちの戦後経済秘史】

戦時相場と官製相場 稲田雅文(名古屋経済部)

戦前の東京株式取引所の立ち会い風景=日本取引所グループ提供

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乱高下したわけでもなく意外と安定した値動きだ―。太平洋戦争時の株式市場をテーマに決め、戦時中の株価のグラフを初めて見たとき、そう思った。一九四三〜四四年に下落した局面はあったものの、基本的に右肩上がりだったからだ。

単純に軍需産業を中心に株が買われたためと思った。しかし、文献を調べていくうち、戦時の統制経済で株の値動きを制限していた事実を知った。開戦時に株価操作を命じるなど、政府自ら「士気高揚のため」と、市場の公正な価格形成をゆがめていたのだ。戦中も統制の強化は進み、全国の証券取引所の統合や、証券会社の合併などで、株式市場は衰退した。

当時の政府と株式市場の動きを知るうち、驚くほど現代の状況と似ていることに気付く。二〇一二年末から始まったアベノミクスでは、日銀の金融緩和と上場投資信託(ETF)の買い入れ、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の株式購入比率拡大に伴う大量の株式買いなどで、日経平均株価は上昇した。

「官製相場」と呼ばれ、庶民の景気実感とはかけ離れた相場が形成された。しかし、原油価格の下落や米国景気の冷え込み、中国経済の不透明感から、二〇一六年に入って株価は下落し、上場企業の決算もぱっとしない。

アベノミクスでは「ゆがんだ操作は続かず、やがて破綻する恐れがある」と警告するエコノミストもいる。堅調に推移したように見える戦中の株価も、政府の巨額の戦費支出によってインフレが起こったため、実質では下落だった。戦後はハイパーインフレが起こってどん底の経済状況に陥った。

市場をゆがめた副作用は今後、どんな形で現れるのか。いま一度、歴史に学ぶべきではないだろうか。

 

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