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【記者たちの戦後経済秘史】

国を案じた名ぜりふ 山口哲人(東京経済部)

仲間と写真に納まる後藤誉之助(左から2人目のジャケット姿)=長男秀人さん提供

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「もはや戦後ではない」との名ぜりふを残した、旧経済企画庁の官僚後藤誉之助氏。死後五十年以上が経過し、難航が予想された関係者探しの取っ掛かりとしてネット上の百科事典「ウィキペディア」を開いた。

誰でも編集できるがゆえに、信頼性の観点からウィキペディア情報をうのみにすることはできない。でも、そこに書き込んでいたのは長男秀人さんだった。「父のことが忘れられていくから」と、中学一年の時に他界した父のことをつづったのだという。

ウィキペディアに記さなかった人物像についても語ってくれた。「サービス精神が旺盛で、落語を聞かせてくれた」。ラジオやテレビ出演に向けた練習も兼ねていた。「日頃からいろんなことを準備している努力の人で、それで経済白書をまとめた」。誉之助氏は戦後日本の行く末を真剣に考えた愛国者であり、省益にとらわれがちな現代の官僚も学ぶべきところが多い。

 

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