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【記者たちの戦後経済秘史】

埋もれてきた「生きづらさ」 神野光伸(東京経済部)

出張中に失踪した中小企業社員の情報提供を呼びかけるポスターが街角に掲げられ、見入る人びと=映画「人間蒸発」の一場面(C)今村プロ・日映新社・ATG

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「蒸発した人、ですか?」。取材を指示したデスクに思わず聞き返した。戦後の高度経済成長期、神隠しのようにこつぜんと姿を消えてしまった人たちがいた。どこを当たればよいのか見当がつかないまま、手探りで取材を始めた。

探偵事務所や警察OB、行方不明者の捜索に当たるNPO法人に足を運んだが、当時の世相を知る人は多くはなかった。国会図書館に所蔵される新聞に記された行方不明者の「三行広告」にも頼ったが、端緒はつかめず。ある興信所の取材で、ようやく蒸発した本人を突き止めたが、プライバシー保護の壁に阻まれ、その後の取材は進まなかった。

唯一の語り部となってくれたのが、今村昌平監督の助手として映画「人間蒸発」(一九六七年)を撮影した武重邦夫さん。だが、取材から数カ月後に病気で逝去された。享年七十六。蒸発した当事者やその社会的な背景に光を当てた数少ない映画人だった。ご冥福をお祈りいたします。

一面が焼け野原となった終戦直後、ありあわせの廃材から、多くの「価値」が生み出されてきた。未来を見据え、焼け跡から技術を磨き上げ、海外にも活路を見いだしてきた先人たち。戦後七十年、アジアの小国にありながら、その技術力は世界をリードしてきた。

一方で、世界規模で激化する競争を勝ち抜いていくための生産システムの合理化と過重労働は、人々の心を急速にむしばんでいったように見える。取材を進めると、戦後に苦心して手に入れた豊かさの代償に、現代社会にまん延する「生きづらさ」を生み出した構図も見えてきた。

これまで報じられてこなかった史実を自分の目で直視するきっかけになったのは間違いない。埋もれた事実に目を向けない限り、今日の問題を正しく理解できないと感じている。

 

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