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【1964年からの手紙】

人に勝つより己に克つ 重量挙げ代表・三宅義信さん

東京五輪で日本勢の金メダル1号となった重量挙げフェザー級の三宅義信=1964年10月12日、渋谷公会堂で

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 1964年東京五輪のオリンピアンが次の世代に思いをつなぐ「1964年からの手紙」。重量挙げフェザー級金メダリストの三宅義信さん(77)には、練習から自らに言い聞かせていたことがある。選手としての心構えを語る。 (森合正範)

 <試合前日の1964年10月11日。会場の渋谷公会堂を訪れた。帰り際に、いまだ会場で工事をしている作業員から声を掛けられる>

 工事の人はね、五輪を成功させようと一生懸命やっていた。高い所に登って、夜遅くまで働いていましたよ。国が一つになって、みんなが頑張っている。必死ですよ。何げない会話なんだけど「頑張ってください」と言われてね。「よし、やってやろう」という気持ちになったんです。

 <自身の世界記録を10キロ以上更新するトータル397・5キロをマーク。日本勢の金メダル1号となった>

 オレの任務は終わったな。金メダルの時はそれしか思わなかったです。後からですよ、よくやったなと思ったのは。(試技の)9本すべて成功して、夢のまた夢。競技人生で最高の喜びでした。

 言葉にすれば「不安だらけの金メダル」になります。1週間前になれば心臓はドクドク鳴って、眠れませんよ。当時はね、私が挙げれば世界記録。優勝ばかりでした。ただし、五輪には魔物がいる。どうなるか分からない。でも絶対に勝たないといけない。銀や銅じゃダメだったんです。

 <金メダル獲得のため、全力を注いだ。誰にも負けない練習量が自信につながる>

全日本マスターズでスナッチ43キロを記録した三宅義信さん=17日、新潟県津南町で(日本ウエイトリフティング協会提供)

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 1日でね、100キロを1000回挙げていましたから。練習を4回に分けて、8時間かけて1日100トン挙げるんです。一年中そんなことをやっていれば自分の形ができてくる。

 手にマメができると練習ができなくなるからね、一枚刃のかみそりでマメを削ったり、そこを火箸で焼いたり。マメがあるとバーベルとぶつかり合う。絹豆腐みたいな柔らかい手のひらでバーベルとの隙間をなくして包むんです。

 練習からずっと考えていたことは、人に勝つのではなく、己に克(か)つこと。己に克つためには、自分自身を信じなくてはならない。信じるために練習をする。失敗も成功も、喜ぶのも苦しむのも全部自分ですから。自分を信じて、信じ切るしかありません。

 <2020年を担う選手たちにも「己に克つ」「自分を信じる」気持ちで競技に取り組んでほしいと願う>

 若い人たちにも競技を通じて自分を磨いてほしい。自分に負けない強い心をつくり上げてほしいですね。

 それとね、やっぱり金メダルを目指してほしい。金を目指した結果、たまたま銀になっちゃうこともある。たとえば(リオデジャネイロ五輪レスリング女子の)吉田沙保里なんてそう。金を取りにいったから、銀であれだけ泣く。あれが本来の姿です。悔しさと寂しさと悲しさとむなしさと…。彼女の姿から感じとったじゃないですか。伊調馨は残り3秒で勝った。沙保里は負けた。勝負とは残酷なもの。だから、みんなの心を打つんです。

 <77歳の今も「現役」。2014年からマスターズ大会に出場している。復帰の理由を笑顔で語る>

 また東京に五輪が来るので、何をすればウエートリフティングが盛り上がり、恩返しできるか。現役に戻れば記事になって競技の普及になる。それと同年代の方々に『アイツがやっているんだから、オレも頑張ろう』と思ってもらえる。私はね、胃がんで3度手術している。それでも自己管理をしてね。目標や夢を持っていればできるんです。

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 でもね、今はもう勝ち負けではないですよ。競うことは卒業してますから。金メダルより楽しく、ですね。 (この企画は随時掲載します)

 ◆三宅の成績 スナッチ122・5キロ、ジャーク152・5キロ、当時あったプレスで122・5キロのトータル397・5キロを記録。2位のバーガー(米国)に15キロの差をつける圧勝だった。

◆77歳マスターズ3位

 77歳の三宅さんは17日に行われた全日本マスターズ(75〜79歳、56キロ級)に出場。スナッチ43キロ、ジャーク50キロのトータル93キロで3位だった。「もう記録や勝敗は二の次ですから。2020年に向けて、盛り上がっていけばいい。これまでの恩返し。その気持ちですね」と強調した。

 腕を伸ばすと激痛が走り、足腰も痛い。一切練習できなかったが、それでも大会に臨んだ。「スポーツを一生懸命やる姿勢というかね。私なりに未来へ夢を持って頑張っています」と穏やかに笑った。

<みやけ・よしのぶ> 1939年11月24日生まれの77歳。宮城県村田町出身。法大在学中の60年ローマ五輪から4大会連続で出場。68年メキシコ五輪男子フェザー級では金メダル、弟の義行は銅メダルとなり、兄弟で表彰台に上がった。女子48キロ級でロンドン、リオデジャネイロ両五輪でメダルを獲得した三宅宏実はめい。東京国際大ウエイトリフティング部監督。

 

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