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【1964年からの手紙】

栄冠は遠回りの先に 体操男子代表・早田卓次さん

東京五輪、体操の種目別つり輪で金メダルを獲得した早田卓次の演技=1964年10月22日、東京体育館で

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 1964年東京五輪のオリンピアンが次の世代に思いをつなぐ「1964年からの手紙」。体操男子の団体と種目別のつり輪で金メダルを獲得した早田卓次さん(76)は、けがを乗り越え、鍛錬を経て栄冠をつかんだ。頂点に立つためには「近道はない」と言う。 (森合正範)

 <あれから53年。真っ先に思い出すのは開会式でもなければ、金メダルの瞬間でもない。日本が変わる。成長を遂げる。あの体験を少年のような目で懐かしむ>

 10月2日に新幹線に乗せてもらったんです。開通した次の日ですよ。いやー、速かった。車内でスピードメーターを見て騒いだり、修学旅行気分でうれしかったね。

 体操は期待感でいつもメディアが付きっきり。東京より、名古屋で落ち着いて合宿した方がいいとなったんです。行きも帰りも新幹線でね。ああ、五輪ってすごいな、こういうことも経験できるんだな。気持ちの高ぶりがありました。

 <五輪5年前に右アキレス腱(けん)断裂、2年前には左脚を骨折。大舞台への道のりは平たんではなかった>

 当時はアキレス腱を切ったら脚の付け根までの全ギプス。3週間全く動かせないから、ももの太さが半分になった。半年間、練習できなくてね。入院中は歩いちゃダメだから、ベッドから逆立ちしてトイレまで行くんです。だって、そっちの方が速いんだもん。和式便所なんだけど、足をつけないから、両手で支えて用を足していましたよ。

 でもね、けががなければ金メダルはとれなかったかもしれない。練習をやりたくてもできない。精神的にハングリーになった。練習に飢えや渇きがあるから、やれる時は目いっぱいやった。人一倍やってやる。そういう気持ちになれたよね。

 <メンバー6人で最年少。開会式が行われた10月10日に、24歳になったばかり。代表に選ばれてから心掛けていたことがある>

東京五輪のゼッケンを手に笑顔の早田さん=東京都渋谷区で

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 4人が連続出場で、初参加は山下治広さんと私。でも、山下さんは「山下跳び」で名人ですよ。無名は私だけで、一番年下だし、迷惑を掛けてはいけない。「アイツが入って…」と思われたくない。そのためにはやはり練習でしたね。

 朝は当時のソビエト流のザリアツカというトレーニングがあって、散歩しながら、片足で立ったり、逆立ちしたり、筋力や感覚を呼び起こすんです。そして、練習でも本番でも一番に会場に行って準備をする。普段の練習は3時間。疲れるなんて考えたことはない。迷惑を掛けたくないから、もう必死ですよ。寝る前には逆立ちして腕の曲げ伸ばしを20〜30回。実はこれが一番しんどかったな。

 <東京体育館で本番では団体で金メダルを獲得。種目別のつり輪を迎える>

 人より早く会場に行って準備をしているからなのか、大会中は落ち着いていた。演技の時は催眠術にかかったようになるんです。一瞬、血流を止めるというか、体にクッと力を入れて、試合独特の「試合筋」を働かせる。手がつり輪に触れて、グッと握った瞬間、体重が乗って「これはいける」と感じました。

 <3年後に控える2度目の東京五輪。若きアスリートに対し、気になることがあるという>

 今はね、「五輪でメダルを狙う」と簡単に言いますよね。人を感動させる、喜ばせるとか。まだそこではなく、目の前の練習を大切にしてほしい。人に負けない練習量で自信をつけていく段階ですよ。

 私は3年前なんて失敗ばかり。けがをしたし、練習も手探りながら一生懸命やっていた。よく言うのは「近道はないよ、遠回りして初めてつかめる栄冠だよ」。あと3年、何が起こるか分からない。逆に言えば、いまけがで苦しんでいる選手だって、チャンスは十分ある。精神的な悔しさを経験している人は強いと思います。日々を大切に。遠回りしかないんです。

 (この企画は随時掲載します)

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◆「内村に頼りすぎ」 現役選手にエール

 1964年大会で体操男子は団体2連覇を含む金5、銀4の計9個のメダルを獲得。「体操ニッポン」を印象づけた。個人総合2連覇中の内村航平(リンガーハット)や白井健三(日体大)を軸に2020年大会も期待が高まる。

 しかし、早田さんは「少し内村君に頼りすぎ」と懸念する。「安定した選手があと2、3人いないと東京五輪は厳しい。勢いがある若い選手も必要だけど、しっかり内村君を支えるためには中堅選手に頑張ってほしい」とエールを送った。

<はやた・たくじ> 1940年10月10日生まれの76歳。和歌山県田辺市出身。64年東京、68年メキシコの両五輪代表。70年の世界選手権で団体金、鉄棒で銅メダル。2004年国際体操殿堂入り。現在は日本オリンピアンズ協会の理事長を務める。

 

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