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【1964年からの手紙】

勝って当然 異常な重圧 柔道「金」・岡野功さん

東京五輪の決勝の写真を背に、当時の様子を語る岡野功さん=茨城県龍ケ崎市で

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 柔道は1964年東京五輪から正式競技となり、男子の軽量、中量、重量、無差別の4階級が行われた。発祥国の威信をかけ、日本代表4人が金メダルの使命を背負い、畳に上がった。「昭和の三四郎」と呼ばれ、中量級(80キロ以下)で金メダルを獲得した岡野功さん(74)は「勝って当然の重圧は大変なもの」と振り返り、「覚悟をもって、稽古で備えるしかない」と語る。 (森合正範)

 <お家芸の柔道。誰からも「優勝は当然」と見られていた。身長171センチ、体重80キロ。代表最年少の20歳。重圧がずしりとのしかかる>

 大会前からピリピリを超えるビリビリした緊張がありました。皆さんの焦点は無差別の神永(昭夫)さんがヘーシンク(オランダ)を倒せるか。神永さん以外の私たち3人は勝って当たり前なんです。

 でもね、負けたらどうしようと考えてしまう。選手村には10月頭に入って、稽古の時間以外は部屋にこもりっきり。気が散るので、人と接触したくなかった。(日本代表)4人の心理状況はみんな同じだったと思いますよ。

 <完成したばかりの日本武道館で、軽量級の中谷雄英が金メダル。競技2日目。岡野は準決勝で金義泰(韓国)を下し、決勝はホフマン(ドイツ)を抑え込んだ>

 試合はね、初っぱなや2回戦にドジを踏む。だから初戦の前に、やや疲れを感じるくらい準備の稽古をやりました。力みもなくなり、雑念も薄れていく。集中して、ゾーンに入った状態でしたね。

 決勝で勝ってもうれしい気持ちはありません。責任を果たした。そのひと言です。重圧はすごかったけど、本来、柔道とは無差別でやるべきもの。階級制の五輪には価値がない。あくまで(体重無差別で争う)全日本選手権を制覇するための通過点でした。

 <重量級の猪熊功も金メダルで続き、迎えた無差別級。神永がヘーシンクにけさ固めで一本負け。日本の松本安市監督は五輪報告書に「日本人が永久に忘れ去ることのできない瞬間」と記した>

1964年東京五輪の柔道中量級決勝でホフマンを抑え込む岡野功

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 猪熊さんもうつむいて、涙を流していました。みんな頭を抱えている。それはもうショックでした。自分が金メダルでも、「日本柔道が負けた」という思い。「柔よく剛を制す」が魅力で始めた柔道です。あの瞬間「おれは無差別一本でやりたい」と気持ちが強まりました。

 <翌年の世界選手権中量級で優勝、以降は無差別に専念する。1967、69年と全日本選手権を2度制し、25歳で引退した>

 76年のモントリオール五輪にはコーチとして同行しました。ただね、自国開催の東京と比べて「これが五輪か」と思うくらい重圧や緊張感がない。だから、これまで海外の五輪を経験した選手が同じような気持ちで2020年の東京に臨んだら体全体、神経までも硬直してしまうのではないか。そこが心配なんです。

 今振り返ると、私は通過点で得たものが大きかった。東京五輪がジャンプさせてくれたというべきでしょうか。異常なまでの重圧、あれほど精神的に追い込まれた経験はない。その後の大会では常に心にゆとりがありました。

 <64年以降、ルールはめまぐるしく変化した。岡野は「本来の柔道の姿ではない」と嘆く。だが、畳に立つ魂は変わらないでほしい。20年を担う選手へエールを送る>

 土壇場で震えない精神をどうつくるか。それは徹底的に稽古で磨くしかない。「今まで勝っているから大丈夫」では駄目でしょう。勝てるだけの技術的な裏付けがあるか。私は「このタイプにはこれ」「こう来たら、こう対応する」と確固たる解決策を持っていました。どんな重圧がかかる場面でも、技術が頼りとなり、自信となったのです。

 当時とは違いますが、周囲は金メダルを求めます。備えはしたから、あとは手を合わせるだけ。そういう状態で畳に上がってほしいですね。 (この企画は随時掲載します)

◆「柔よく剛を制す」ここに神髄あり

 岡野さんは「柔道の原点は小よく大を制す、柔よく剛を制すにある」と語る。体重無差別で争う全日本選手権に重きを置くのもその考え方で「レスリング、ボクシングなど多くの競技があるけど、無差別はなかなかない。柔道とはそういうもの」と強調する。

 小柄な岡野さんは、大きな相手と稽古することによって「心技体」を磨いていった。「一皮むけるため、若い選手には『大きな選手に勝てない』と決めつけず、この精神を持ってほしい」と願う。

 29日に日本武道館で行われる今年の全日本選手権には、昨年の世界選手権を制した60キロ級の高藤直寿、73キロ級の橋本壮市(いずれもパーク24)がそろって挑む。最軽量級では異例の挑戦となる高藤は「準備を怠らず、全力を尽くす」と意気込む。

<おかの・いさお> 1944年1月20日生まれの74歳。茨城県龍ケ崎市出身。中大在学中の64年に東京五輪中量級で金メダル。65年世界選手権中量級で優勝。体重無差別の全日本選手権は1967年から3年連続で決勝に進み、67、69年に優勝。流通経大で柔道部部長を務め、現在は同大名誉教授。

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