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【知られざる世界ランカー】

フリーダイビング・岡本美鈴 深く潜る…瞑想状態のまま

世界選手権の本番に向けトレーニングする岡本美鈴=昨年9月、キプロスで(岡本さん提供)

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 「30歳までは、海に潜るどころか、金づちでした」−。岡本美鈴(43)のこの言葉には誰もが驚く。なぜなら彼女は素潜りのスポーツ「フリーダイビング」の第一人者だからだ。昨年は世界選手権で初の個人戦金メダルに輝いた。遅咲きの世界女王は、いまなお進化をし続けている。

 得意とするCWT(コンスタント・ウェイト・ウィズ・フィン)は、フィンを付けて垂直に潜る距離を競う、フリーダイビングの代表的種目。昨年5月、バハマで行われた国際大会で、世界歴代3位の92メートルをマークして優勝。アジア記録と日本記録を塗り替えた。昨年9月の世界選手権(キプロス)も90メートルの好記録で制した。

 海中に垂れたワイヤに沿ってひと息で潜る。事前に申告した深さのところにタグが取り付けられており、それを取って海面に引き返す。時間にして3分ほど。一つ間違えば、途中で「ブラックアウト」(酸欠による失神)。呼吸を止めるという、人間の極限と向き合う競技を「メンタルが7割。酸素消費量をいかに抑えるかがポイント」という。

 「緊張感や恐怖感を持ったり、格好良いところを見せようと欲を出したりすると、それで酸素を使ってしまう。理想は瞑想(めいそう)状態。縁側で日なたぼっこしているようなリラックスした状態で行うこと」

 だから、年齢を重ね、経験を積むほど安定して記録が期待できる。伸びしろもまだまだ計り知れない。

 ◇ 

 1995年3月20日、岡本はあの地下鉄サリン事件に巻き込まれた。意識がもうろうとする中で、初めて死を意識したという。その翌年、今度は大病を患った。20代前半に起きた二つの出来事は、彼女の人生観を変えた。

 「いままで生きていることは当たり前だと思っていたけど、実は自分のあすは何も保証されていない。これからの出会いを大切にして、何が起きても後悔しないように生きようと思った」

 初めてシュノーケリングを体験した時、水中でイルカと泳ぐダイバーに憧れた。「私もいつか野生のイルカと自由に泳ぎたい」。夢の実現にはフリーダイビングが早道と知ると、当時の第一人者の下で特訓を積み、03年から競技を始めた。30歳の決断。最初の記録は8メートルだったという。1年後、イルカと泳ぐ夢を御蔵島でかなえ、すでにフリーダイビングのとりこになっていた。

 いつでも瞑想状態に入れるようにとヨガを始めた。少ない酸素で運動能力を高められるよう、低酸素室でのトレーニングも取り入れた。効果は表れ、競技開始から3年後には61メートルの日本記録を樹立。その後も「いまの自分の限界を超えたい。さらに先の世界(海底)を見てみたい」と記録を伸ばしてきた。

 醍醐味(だいごみ)をこう語る。「潜水から浮上した時、呼吸をするというシンプルな生きる喜びを味わっています」

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フィンを手にする岡本。胸には世界選手権で獲得した金メダル=千葉県印西市で

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 昨年8月、悲しいできごとがあった。101メートルの世界記録を持つロシアのナタリア・モルチャノワさん(53)がスペイン沖で素潜り中に行方不明になった。世界記録は彼女が48歳の時に出したものだ。

 ほぼ全ての種目で世界記録を持つ彼女の悲報は、世界のフリーダイバーに衝撃を与えた。「ずっと追い掛け続けた存在。心に穴があいたような気持ちになった」と語る岡本もその一人だ。1カ月後の世界選手権。彼女のいない大会で優勝し、新たな使命と責任が生まれた。

 金メダルを手にした時、モルチャノワさんから二つのことを託された気がしたという。一つは100メートルより深い場所への挑戦と探究。もう一つが彼女の死を無駄にしないためにも、安全なフリーダイビングの普及を一層進めなければならないということだ。

 「自分の記録を追うだけでなく、これからは種をまく人にもならなければと強く思った」 (牧田幸夫)

◆世界選手権で金3個

 <おかもと・みすず> 30歳でフリーダイビングを始め、3年後の2006年には、フィンを付けて垂直に潜るCWT競技で61メートルの日本記録を初めて樹立。以後、トップ選手として記録を伸ばす。15年、世界歴代3位の92メートルをマークし、アジア&日本記録を更新した。世界選手権は金メダル3個(個人1、団体2)を含む計七つのメダルを獲得。ウミガメ保全など海の環境を守る活動にも精力的に取り組んでいる。千葉県浦安市在住、43歳。旧姓平井。

◆国内競技人口200人

 <フリーダイビング> スキューバダイビングのような水中で呼吸するための装置を持たず、一呼吸で▽どれだけ深く潜れるか▽どれだけ遠くまで泳いで行けるか▽どれだけ長い時間呼吸を止めていられるか−を競う。大会ではこの三つの分野の計6種目が行われる。国内競技人口は約200人。

 

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