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【知られざる世界ランカー】

ウルトラマラソン・井上真悟 生きる価値探して

ランニング講習会でペースメーカーとなる井上真悟(中)=東京都多摩市で

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 勝利を公言して臨んだ4月の台湾横断246キロウルトラマラソン。棄権者が続出する中、井上真悟(35)は世界の強豪を抑えて優勝した。タイムは32時間38分18秒。まさに有言実行のレースだった。

 西部の台中市から中央山脈を越えて東部のタロコ渓谷までのコースは、累積高低差(上り区間の標高差の合計)約1万メートル。最高地点は標高3240メートル。日中は蒸し暑さの中で強い日差しを受け、夜間は寒さに耐えながら残雪のある険しい山道を黙々と走る。88人いた出場者のうち、約6割が脱落した。

 「ギリシャのスパルタスロンと富士登山を足したようなとんでもない過酷なレースだった。それでもウルトラランナーなら、絶対に目指す価値のある大会だった」

 そう振り返る井上は2010年、29歳の時に24時間走競技で世界の頂点に立った。世界選手権の優勝記録273・708キロは今もロードのアジア記録。20代の世界王者誕生は史上初だった。

 近年はランニングスクールの主宰など普及活動に力を入れるが、ウルトラマラソンの人気が高い台湾でのレースにはこだわる。13年には台湾一周1100キロを走破する「台湾国際ウルトラマラソン」を109時間25分21秒で優勝。現地での知名度は抜群で、自伝の出版話も持ち上がっているほどだ。

 「台湾ではウルトラランナーが、タイガー・ウッズと同じように新聞の1面を飾ることができる。一周、横断と制覇したので、次に縦断レースがあれば、必ず勝って完全制覇したい」

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 高校時代は無名の中距離ランナーだった井上が、ウルトラマラソンを始めたのは22歳の時。きっかけは「失恋」という。「有名になって彼女を振り向かせたい」と、彼女の地元で開かれたマラソン大会に出場した。

 この初めてのフルマラソンは「平凡な記録」に終わり、3カ月後に臨んだ鳥取での100キロレースも「ビリから4番目」。その後、愛知県であった24時間走の大会が転機となった。3位となり、23歳で人生初の表彰台に。

 「24時間で170キロは走ったと思う。才能はないけど、距離を延ばせばトップを狙えるかもしれないと思った」

 25歳の05年、実績がほしくてスパルタスロンに出場した。ペルシャ戦争で、アテネ軍の伝令が援軍を求めてスパルタまで走った故事にちなんだ世界的レース。36時間以内に246キロを走りきる。しかし、井上は制限時間オーバーで170キロでリタイア。

 悔しさと徒労感。そんな競技への意欲を失いかけた時期に父の死と直面した。自ら人生の幕を下ろした父に「ふざけるな!と思った」。そして「自分は逃げない。生きる価値を確かめたい」と、より過酷なレースへの挑戦を決めた。彼女への未練ももうない。「死んでもいい。そのぐらい追い込んで練習した」

 半年後の06年4月、サハラ砂漠マラソンに井上の姿はあった。出場731人(途中棄権146人)中、日本人トップの34位(25時間3分6秒=計214キロ)でゴール。世界一への視界がゆっくりと広がり始めた。

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 井上は走る勇気を子どもたちからもらったという。07年、前年に続いてサハラ砂漠マラソンで日本人トップの成績(27位)を収めると、埼玉県内のランニングクラブの子どもたちの前で講演した。お土産は砂漠の砂。「目を輝かせて話を聞いてくれた。喜んだ顔に救われる思いがした」

参加者にアドバイスを送る井上(中)=東京都多摩市で

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 その年の8月、北海道縦断往復1088キロを走った。主催者の許可をもらい、2週間の期間中、沿道にある6カ所の児童養護施設に立ち寄り、砂漠マラソンの体験談を話し喜ばれた。一日に走る距離と制限時間は決まっている。レースで貯金をつくって講演時間を確保したのだ。

 この「マラソン講演」は評判となり、いわば井上の専売特許となる。大会がなければ、自分で企画すればいい。その後も「東京−鹿児島1500キロ」、「東京−青森800キロ」と銘打った個人ランを敢行。レース途中に全国各地の施設に立ち寄り、子どもたちと交流した。

 「出会った子どもたちに、『みんなのおかげで世界一になれたよ』と言いたかった」。子どもたちの笑顔は、ウルトラマラソンは30代、40代のスポーツという定説を覆す力ともなった。

 今、4年後の20年に24時間走競技で再び世界一を目指したいと考えている。世界記録303・506キロの更新だ。「40歳。本当のピークを迎えていると思う」 (牧田幸夫)

 <ウルトラマラソン> フルマラソン(42.195キロ)を超える距離を走るマラソンで、100キロレースや24時間走は世界的に行われている。現在100キロロードの世界記録(国際陸連公認)は、男子が砂田貴裕(6時間13分33秒)、女子が安部友恵(6時間33分11秒)と男女とも日本勢が保持している。国内競技人口は約3万人とみられ、人気のサロマ湖100キロ(北海道、6月)は、今年も募集開始から44分で3550人の定員に達した。

 <いのうえ・しんご> 東京・松が谷高時代は中距離選手。22歳からウルトラマラソンを始める。サハラ砂漠マラソン2年連続日本人1位(06、07年)など国内外の大会で活躍。10年、29歳で24時間走競技の世界選手権を273.708キロのロードアジア新記録で優勝。20代で初の世界王者となる。多摩地区を拠点にランニングスクールを開講し普及活動にも力を入れる。177センチ、62キロ。東京都八王子市出身。35歳。

 

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