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【知られざる世界ランカー】

ウインドサーフィン・鈴木文子 風 波 潮…自然と一体

風をつかみ海面を走る鈴木文子=神奈川県横須賀市で

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 海と風。ウインドサーフィンの醍醐味(だいごみ)は、そんな大自然との対話だろう。海面の状態は毎回違う。風は気まぐれで、強く吹いたり、弱くなったり。自然と一体化した者が勝つ奥深き世界で、鈴木文子(42)は第一人者として走り続けてきた。

 2007年から世界最高峰のPWAワールドツアーに参戦している。世界ランキングは13年の5位が最高だが、今年は昨年の7位から初の3位以上を目標に掲げる。

 「ウインドサーフィンを始めて20年。たった1人で世界を転戦して10年。キャリア20年の集大成として今年こそ世界のベスト3に挑みたい」。5月の第1戦(韓国)を不本意な12位で終え、残り2戦(8月・トルコ、9月・デンマーク)での巻き返しを誓う。

 鈴木が行っているスラロームレースは、風上から風下に向けて設定されたコースで順位を競う人気種目。最高時速80キロにも達するスピードと、ジャイブと呼ばれるコーナーでの方向転換が見どころだ。コースを他競技に例えるなら、アルペンスキーの大回転のイメージに近い。

 遠征にはボード3艇にセール6セットなど多くの用具を持って行く。風と波の状態、さらに潮の流れも考慮しながら、レースで使い分ける。「同じ海面って2度とない。いろんな海面と風を経験しないと勝つのは難しい」。鈴木の経験値は、世界で勝負できる大きな武器なのだ。

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 ウインドサーフィンとの出合いは、高校卒業後に進んだ神奈川県のYMCA海洋専門学校マリンスポーツ科(当時)の授業で。ヨットやカヌー、スキューバダイビングなども選べたが、「先生がイケメンぞろい」という理由で決めた。卒業後は目標のインストラクターの仕事に就いた。

 練習の一環で、アマチュアの大会に出ていた鈴木は、やがて優勝するようになり、競技者として目覚める。はまった一番の理由はスピードだ。「しっかり風をとらえ、時速60キロぐらいになると、もう海面を“なでる”というか、飛んで走っているような感覚になる」。水上の体感速度は地上の2倍だ。

 01年にプロ登録し、日本ツアーに参戦。当初は国内で3〜4番手の選手だったが、04年からの3年間、女子選手の減少で女子の大会がなくなったことが転機となった。

 「男子の大会に出場して、女子では一番と言われても自分のレベルが分からない。それならと海外に行こうと決めた」。07年、PWAワールドツアーの韓国大会にスポット参戦。3位となり自信をつかむと、翌年からは本格参戦を続けている。

 世界で戦ってきたこの10年を振り返る。「日本人は相手にもされなかったけど、ツアー全戦に参戦し、13年に5位になると、やっと仲間として認められた。うれしかった」

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 鈴木の競技人生は、競技資金難との戦いでもある。海外遠征で大きな負担になるのが、ボードやセールなど総重量120キロの道具の輸送費だ。

 航空会社によって金額はまちまち。5万円で済む場合もあれば、20万円も提示されることも。鈴木は「空港では1時間、2時間かけて交渉し、値段をぎりぎりまで下げてもらう」と粘り腰だ。苦労の末に現地に着いても、風速7ノット(秒速3・5メートル)未満だと、レースは中止で渡航費は無駄となる。

 今年は例年以上の資金難に直面し、ワールドツアー残り2戦の遠征費の一部をスポーツファンディングでの調達を目指し、協賛者を募っている。8、9月の連戦となったため、間に帰国して仕事をすることができないからだ。

 鈴木がインストラクターとして働く、ティアーズ・ウインドサーフィン・ショップ(神奈川県横須賀市)の中村雄二さん(36)は彼女の頑張りをこうたたえる。「国内で数少ない女性のインストラクターとして活躍し、世界へたった1人で挑戦したガッツがある。彼女のおかげで世界への道も広がり、日本のウインドサーフィン界を変えた」

 鈴木が教えた生徒は、約4000人。力強い追い風を背に戦う。 (牧田幸夫)

 <ウインドサーフィン> 日本ウインドサーフィン協会(JWA)によると、日本には1969年に上陸し、体験人口100万人、愛好者は50万人。競技は大きく分けて四つの種目がある。ジャンプや着水の演技を競う「ウェイブパフォーマンス」、より技の多様性を競う「フリースタイル」。レース種目でヨットレースに準じた「フォーミュラウインドサーフィン」と「スラロームレース」がある。五輪では、ヨット種目のRSX級として行われている。

 <すずき・あやこ> プロのウインドサーファー。アマチュア時代に数々の大会で優勝し、2001年にプロ転向。04年のアジアチャンピオンを経て、07年からは世界最高峰のPWAワールドツアーに参戦。世界ランキングは13年から5位、6位、7位と3年連続世界のベスト8入り。国内では11〜13年に3年連続日本チャンピオン。インストラクターとしても20年間で約4000人の生徒を指導した。166センチ、58キロ。神奈川県座間市出身、42歳。

 

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